ポリーニのベートーヴェン

beethoven_sonate_28_pollini.jpgポリーニの演奏はまったく感心も感動もしないのだが、時折取り出して聴く。音楽の構造が掴みやすいというか、見通しが極めて良いことが特長だと僕は思う。
特に若い頃の演奏。音楽性を云々することはこの際横に置いておいて、機械仕掛けとまでは言わないが、完璧なテクニックに支えられた「明晰な」演奏が繰り広げられ、あぁこういう音楽だったんだ!といつも知らしめてくれる。失礼な言い方かもしれないが、表面的な「音の動き」を知るにはちょうどいいのである。彼のベートーヴェン演奏などその最たるもので、速めのテンポでかつメリハリが利いており、切れ味抜群のナイフのようで、ある意味心地良い(ナイフゆえ無機質という意味合いももちろん含むが)。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)

70年代に相次ぎ録音された後期ソナタ集はどれもがポリーニらしい正確無比の演奏。作品101は、5つの中では最後に録音されているだけあり、相応の円熟味と新鮮さを兼ね備えた音楽作りで、余裕すら感じさせる(だからと言って決して大手を振って絶賛するわけではないのだが)。

寒い。いよいよ冬の到来である。来週末の「愛知とし子×近藤恵三子コラボレートコンサート」に向けてピアニストの練習は佳境に入っている。プログラム予定の音楽が無の状態から構築されてゆく様を目の当たりにできることはやはり他では体験できない喜びに溢れる。耳にタコができるほど聴き込むことはこの上ない贅沢で、既知の楽曲に対してもそれまで以上の愛着が湧き、「クラシック音楽の楽しみ」、まさにここにありという感覚である。ベートーヴェンのソナタは、おそらく当日の白眉となるであろう。

※11月13日(金)の回はまだまだ席の余裕があります。一世一代のブラームスやベートーヴェンをこの機会にお見逃しなく!

ところで、今宵、池袋の菜食中華「楼蘭」にて、とある4人で会食。わずか2時間半ほどの会合だったが、菜食、チベット体操セミナー、いろいろな話で盛り上がった。それに、共通の友人などがいることがわかり(世間は相当狭いので、初顔合わせの場合でも大抵そういうことが起こるものである)、一気に間が近くなったように感じる。

11月に入り、変化に対して一層敏感になる。確実何かが変わりつつある。心配無用。何事も前向きに、そして楽しんで。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>切れ味抜群のナイフのようで、ある意味心地良い(ナイフゆえ無機質という意味合いももちろん含むが)。
そうですね。私はポリーニの演奏は、ピカピカに磨き上げられた大理石をイメージしますが、それはそれで美しいものです。
ところで、彼の新譜、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻 全曲の評判がいいじゃないですか。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3646440
近年、実演も相当深化しているといった感想を持つ人も多く、昔のイメージで語るのは危険かも?ですね。
来週末の「愛知とし子×近藤恵三子コラボレートコンサート」
>ベートーヴェンのソナタは、おそらく当日の白眉となるであろう。
御意!! 当然でございます!

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>ピカピカに磨き上げられた大理石
またこれも良い表現ですね。ぴったりです。
>近年、実演も相当深化しているといった感想を持つ人も多く、昔のイメージで語るのは危険かも?ですね。
おっしゃるとおりかもしれません。この新譜に関しては先日タワーレコードで流れていたのをちょっと耳にしました。評価云々できるほどじっくり聴いたわけではないですし、実演を聴かないことには話にならないですしね。
機会があれば久しぶりに聴いてみたいとは思っています。

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アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive » 一歩一歩・・・ベートーヴェンの作品110

[…] どういうわけか愛知とし子のリサイタル前に必ずと言っていいほどポリーニのベートーヴェンを聴く。好んで取り出すわけではないのだが、スコアの確認という意味では何かと都合がいいのかもしれないし、反面教師的にここはもっとこうした方がベターだとか考える材料に好都合だから、本人から特別の指示なしにあえて僕から彼の演奏を聴くようにしている。ポリーニの演奏は、好き嫌いで言えばいろいろとあるにはあるが、タッチが明晰かつ頑強、一部の隙もないので「予習」や「復習」するのには適しているのかな。 […]

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