ブーレーズ指揮シュターツカペレ・ベルリンのマーラー第8番(2007.4録音)を聴いて思ふ

理知的でありながら、どこか愛情に欠ける(あくまで個人的感覚)冷徹な印象だったブーレーズの音楽は、年齢を重ねるごとに厳しさどころか、真の愛を獲得していった。文字通り、情け無用の愛。晩年のマーラーがことのほか美しい。

オットー・クレンペラーの音楽には、彼のそのときの精神状態が直接的に刻印される。
おそらく数多のレコードの多くは、躁状態の時に録音されたものなのだろうか、破れかぶれのとんでもない演奏もあれば、異形でありながら驚くほど正統な、というか魂に直接に語り掛ける赤裸々な傑作が創出されることもある。
クレンペラーの、例の巨大なマーラー交響曲第7番、中でも終楽章の、あまりに明朗で、あまりに愛情溢れる音楽が耳について離れない。

クレンペラーは、世間からは異色扱いされる、下手をすれば失敗作だとされる最後の楽章を、師への愛情をもってあのように悠々と表現したかったのである。そして、汚名返上とばかりにあの楽章を世に問うために、かの作品を録音として残したかったのだ。それゆえに彼は、他の楽章とのバランスを考え、第1楽章から猛烈に遅いテンポを選択せざるを得なかった。何より内在するパルスと呼吸の奥深さは空前絶後。

もちろんあの名演奏は、テンポを云々するだけの愚鈍なものではない。聴いていて一切の弛緩のない、聴く者を忘我の境地に送り込むパッションが潜在し、100分を過ごした後に、繰り返しまた最初の楽章から聴きたくさせるだけの魔力を持つ。それは本当にすごいこと。

グスタフ・マーラーはひっきりなしに、間髪置かず、交響曲を書き続けた。
もしも彼の寿命がもうあと何年かあったなら、彼の音楽はどのように進化し、深化していったのだろう?
マーラーが自身で指揮した最後の交響曲は、千人もの奏者を要する変ホ長調の交響曲だった。おそらくマーラー自身にも躁鬱の傾向はあっただろう、音楽は常に浮沈し、抑圧されたかと思えば、あっと解放される。特に、この交響曲においては、解放のカタルシスが他の交響曲を上回る。初演の会場にいたシェーンベルクもクレンペラーも、確かにのけ反ったことだろう。

交響曲第8番は、実演に触れねばその神髄は決してわからない。
今では、少し前に比較すると、この巨大な作品が演奏される機会は随分増えた。
それにしても、そうそう頻繁に披露される音楽ではないので、日常的には音盤の力を借りるしかない。ところが、こと音盤に収録されてしまうと、並みの演奏だとどうにも浅薄な印象を与えかねない。演奏者が気負って力を入れ過ぎると、一気にスケールの小さなものに成り下がってしまうのである。脱力で自然体の演奏はつい数年前までなかった。

・マーラー:交響曲第8番変ホ長調
トワイラ・ロビンソン(ソプラノⅠ、罪深き女)
エリン・ウォール(ソプラノⅡ、贖罪の女)
アドリアネ・ケイロス(ソプラノⅢ、栄光の聖母)
ミシェル・デヤング(アルトⅠ、サマリアの女)
シモーネ・シュレーダー(アルトⅡ、エジプトのマリア)
ヨハン・ボータ(テノール、マリア崇拝の博士)
ハンノ・ミュラー=ブラッハマン(バリトン、法悦の神父)
ロベルト・ホル(バス、瞑想の神父)
カルヴ・アウレリウス少年合唱団
ベルリン国立歌劇場合唱団
ベルリン放送合唱団
ピエール・ブーレーズ指揮シュターツカペレ・ベルリン(2007.4録音)

驚愕の変ホ長調交響曲。一切の衒いのない、ただひたすら音楽のみが在る奇蹟のパフォーマンス。特に、ゲーテの「ファウスト」をテキストにした第2部の素晴らしさ、天使の声を思わせる少年合唱の美しさ。

永遠の歓びの火
灼熱する愛の絆
煮えたぎる胸の痛み
神を思う泡立つ喜び。
矢よ われを貫け
槍よ われを刺せ
棒よ われを砕け
稲妻よ われを打ち倒せ!
意味なきものが
すべて消え去り
あの動かざる星
永遠の愛の 核心が輝き出るために。
(第2部第5幕「深山の峡谷」)
ゲーテ/柴田翔訳「ファウスト(下)」(講談社文芸文庫)P496

陰陽の相対。愛は絆ともなり、また足枷ともなる。
永遠の愛を刻もうとマーラーは創作に励んだが、志半ばにして斃れた。

なべて過ぎ行くものは
比喩に過ぎず。
地上にては至らざりしもの
ここにまったきものとして現れ
およそ言語に絶したること
ここに成就す。
永遠なるものにして女性的なるもの
われらを彼方へと導き行く。
~同上書P512-513

神秘の合唱の最後のフレーズにある絶対。世界は女性性の中から生まれ出たのだろう。しかも、この後に続くオーケストラの言葉のない「愛の成就」に、あまりに轟音ながら静謐な永遠を感じるのである。ここはもはやブーレーズの独壇場。

 

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