ケルテス指揮ウィーン・フィル ドヴォルザーク「新世界」(1960録音)ほかを聴いて思ふ

「この世に、人間というものがなかったら、京都の町なんかもあらへんし、自然の林か、雑草の原どしたやろ。このへんかて、鹿やいのししなんかの、領分やったんとちがいますか。人間て、なんでこの世に出来ましたんやろ。おそろしおすな、人間て・・・。」
「苗子さん、そないなこと、考えはるの?」と、千重子はおどろいた。
「へえ、たまには・・・。」
「苗子さんは、人間がきらいやの。」
「人間は、大好きどすけど・・・。」と、苗子は答えた。「人間ほど、好きなものはおへんけど、もし、この地上に、人間がいなかったら、どないなったやろか。山のなかでうたたねをしたあとに、ふっと、そう思たりして・・・。」

川端康成「古都」(新潮文庫)P166-167

楽天的とか厭世的とか、そんなことはどちらでも良い。
何にせよ、人間はいつも思考にとりつかれているのである。

ブレーズ・パスカルは、「パンセ」の中で次のように書いた。

(437)
我々は真理をのぞむ、そうして我々のうちに不安をしか見出さない。
我々は幸福を求める、そうしてみじめさと死とをしか見出さない。
我々は真理と幸福とをのぞまないでいることはできない。そうして確実をもつ力もなく幸福をもつ力もない。我々を罰するために、また我々がどこから落ちたかを感知せしめるために、この欲求は我々のうちに残されてある。

パスカル/津田穣訳「パンセ(冥想録)上巻」(新潮文庫)P277

感覚と思考の狭間にあって苦悩する人間の姿。さすがに、「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。」と語った人だけある。思考することの強みと弱点をこれほど端的に明文化したものは他にはないだろう。
好きだけど、嫌い。また、嫌いだけど、好き。幻と現の間で不安に怯えるのがそもそも人間なのである。

アントニン・ドヴォルザークを聴いた。
思考という枠の中でこれほど無駄のない完璧な音楽があろうか。しかも、新世界と旧世界の双方から素材を汲み取り、人々の感性にこれほど訴えかける音楽があろうか。

・ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調作品95「新世界から」
イシュトヴァン・ケルテス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1960録音)
・スメタナ:歌劇「売られた花嫁」
—序曲
—ポルカ
—フリアント
イシュトヴァン・ケルテス指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(1962録音)

60年近く前の録音にもかかわらず、その音の馬力というか血の通った迫力は、そもそもイシュトヴァン・ケルテスのセンスによるものだろう。何という共感力!!第1楽章序奏アダージョの得も言われぬ官能、そして主部アレグロ・モルトに移るや類稀なる推進力。また、第2楽章ラルゴの憂愁、第3楽章スケルツォの激情とトリオにおける喜び。そして、終楽章アレグロ・コン・フォーコの解放!

おまけのスメタナの「売られた花嫁」からの抜粋がまた素敵。ボヘミアの民俗性と内側から湧き出る繊細な音調はケルテスならではだろう。

1972年4月16日、川端康成ガス自殺。
そして、その翌年4月16日、不慮の水難事故によりイシュトヴァン・ケルテス死去。
天才たちの遺した逸品を愛で、思いに耽る。
それでも思考は偉大なり。

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4 COMMENTS

ナカタ ヒロコ

おじゃまします。
私のドヴォルザーク「新世界より」の刷り込みは、このケルテス・ウィーンフィル盤でした。なつかしい!このレコードを聴いて、「新世界より」という音楽はなんてかっこいいのだろう!と子ども心に思ったものでした。この世には、引き付けられる音楽とそうでない音楽がある、と知ったのもこのころの気がします。その後、ケルテスの消息については知りませんでしたが、1973年に43才という若さで亡くなったんですね。初めて知りました。また、ケルテスはなんとなく南米の人かと思っていたのですが、ハンガリーの人だったことにも驚きました。ケルテスについて教えてくださり、ありがとうございました。

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岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

そうでしたか!このケルテス盤はいまだに「新世界」指折りの1枚だと思います。
ケルテスの早世は実に残念です。

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ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様

 そんなに名盤だとは知りませんでした。これが最初の出会いだった幸運を思いました。それにしてもイスラエルに客演に来て遊泳中に高波にさらわれるとは、なんという非情なことでしょう! 本当に残念ですね。優れた芸術家の病気や事故には、ことさら心が痛みます。ジネット・ヌブー、ジャクリーヌ・デュプレ、クララ・ハスキル、アルトゥ―ロ・ボヌッチetc.

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岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

>優れた芸術家の病気や事故には、ことさら心が痛みます。
同感です。運命とはいえ、あまりに残酷であり、聴衆やファンにとってもとても残念なことですね。

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