ハイドシェック ブラームス ピアノ・ソナタ第3番(1970年代中頃録音)を聴いて思ふ

若い時分から、この人の完成度というのは並大抵でなかったことが窺われる。
僕がはじめて実演に触れた90年代初頭の演奏も、技術は冴え、音楽性も満点で、それはそれは、筆舌に尽くし難い壮絶なものだった。
それでいて普段のヒューマニスティックでお茶目な一面を感じさせる舞台上での振る舞いは、やっぱりその頃からずっと何も変わっていない。
そんな彼の生み出す音楽そのものは、常に集中力の高い、そして音に色気のあるもの。

ブラームスの難曲をいとも容易く演奏する若きエリック・ハイドシェック。

コルトーは、作品のキャラクターとテンポ、そして色彩を理解することがとても重要だと言っていました。これらが頭に染みこんだなら、その作品はすぐに自分の手のうちに入ってくると。
ただし、そのイメージが頭から手へ一瞬のうちに伝達されるようになるには、長い年月がかかります。私も若いころは、イメージをどう指に伝えたらいいのかがわかりませんでした。その感覚の理解はある日突然やってきます。私にとっては、それは夏の日のパリ、休暇中に急な演奏会のリクエストを受けたときに訪れました。ステージに立った瞬間、色彩とともに遠い昔に演奏した音楽が頭の中によみがえって、すらすらと弾くことができたのです。

ピアノ音楽誌「ショパン」2009年7月号P109

感覚の理解はある日突然やって来るというが、しかし、日々の弛まない努力の積み重ねあってのことだ。ハイドシェックは続ける。

学ぶことです。それは私にとっては、まるで新しいビタミンのようなものなんです。レパートリーを変えるのが好きなので、いつも新しい作品を勉強しています。過去の作品に捕われてしまっていたら、アーティストはずっと前に進めなくなってしまう。
~同上誌P109

エリック・ハイドシェックは、挑戦するという生き方を教えてくれる。

・ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5
エリック・ハイドシェック(ピアノ)(1970年代中頃録音)

アンドレ・シャルランによるワンポイント録音は、実にナチュラルな音で、僕たちの耳を刺激する。第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォの、恋するブラームスの切ない情感。何て美しい音楽なのだろう。素晴らしいのは、ベートーヴェンの影を追う若き作曲家の気概の反映のような短い間奏曲第4楽章アンダンテ・モルトから、情熱溢れる終楽章アレグロ・モデラート・マ・ルパートの歌。

ハイドシェックのピアノは、いかにもハイドシェックだという音がする。
キラキラと光彩放つ音。どちらかというと渋めのブラームスの音楽が、実に金色に輝くのである。最高だ。

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