朝比奈隆指揮新日本フィル チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」(1994.2.3Live)

朝比奈さんは80代前半までは、拍手が続く限り何回もスタンディング・オベーションに応えていたが、90歳になってからは、体調のことも考え、1回だけになった。最晩年にはバックステージの椅子に座ってひと息入れ、「これがいちばん辛いヨ」と口では言いながら、しかし嬉しそうな笑顔で、ステージに戻られた。ファンはそのことを知りながら、巨匠を称えて温かく拍手を続けた。この心のこもった拍手を受けることが、朝比奈さんの生き甲斐であったことは確かだ。
木之下晃(写真・文)/岩野裕一(構成)「朝比奈隆 長生きこそ、最高の芸術」(新潮社)P161

今は亡き写真家の木之下晃さんの朝比奈御大にまつわるエピソードは、人間朝比奈隆を克明に捉え、描いており、実に興味深い。

楽屋口から朝比奈さんが車に乗って帰る際にも、熱心なファンは巨匠を遠巻きにして、心からの感謝の拍手を送った。朝比奈さんとファンとの交流の中で、この車を見送るシーンがいちばん心に染みる温かい光景だった。だが、周囲は暗く、ストロボをたいても、離れたところで見守るファンの姿が写らなかったことが、いまも心残りである。
~同上書P161

僕は、幾度も目にした朝比奈御大の直立不動でのカーテンコール、深々と頭を下げ、感謝の念を表す姿を忘れない。熱心なファンあっての朝比奈隆であり、何十年にもわたる温かい交流がそれぞれを支えたのだと思う(僕も随分恩恵をいただいた)。

何度か実演を聴いた朝比奈隆のチャイコフスキー「悲愴」。
1994年2月3日の、サントリーホールでの新日本フィルとの演奏が熱い。

・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1994.2.3Live)

まず、全編にわたり音がとても生々しい。第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの迫力など、殺気立つような印象。続く、終楽章アダージョ・ラメントーソが、朝比奈隆の言葉通り悲鳴のように始まると、そこには何とも表現し難いカタストロフの予感が喚起される。

3楽章まではあれでいいわけですよ。しかし、そのあとは全然別の音楽になる。だから、私はオーケストラのコンディションがよければ、3楽章が済んだらなるべくあいだを空けないで4楽章に入るべきだ、と思っています。
ところが、あの長いスケルツォをやると、やっぱりちょっとひと息入れないと、管楽器はパイプ抜いてツバを捨てたり、弦は弛んじまっているしね(笑)。ともかく、いきなりバーッとフィナーレに入ると、別の世界が突然始まる。和声的にいっても、分解して何調の何度といえるようなものを狙ったんじゃなくて、“響き”ですよね。まさに〈Pathétique(パセティーク)〉ですよ。悲鳴みたいな音で第1主題が始まる。このテーマは出てくるたびに少しずつ違うんですね。「やあ、やってるなあ」と思うけれど、特に最後は見事に書けています。

~FOCD3281ライナーノーツ

金子建志さんとの対談での朝比奈御大の言葉に膝を打つ。
職人朝比奈隆のまさに本懐。

録音で聴いても、あの時の感動がまざまざと蘇る。
音楽は終始、うねり、時に咆え、時に沈静する。
チャイコフスキーの魂からの慟哭を見事に音楽する様よ。
第1楽想アダージョ—アレグロ・ノン・トロッポはもちろん素晴らしいが、終楽章アダージョ・ラメントーソは人後に落ちない。心のこもった名演奏だ。

朝比奈さん亡きあと、町子夫人はいまも六甲のお宅にひとり静かに住んでおられる。
夏の盛りにおうかがいした私と妻に、夫人は「まだ主人がいなくなった気がしないんですよ」と気丈に笑いながらも、「なんだか私はすっかり暇になってしまって。いる時は一日中、探し物と料理で走り回手いましたからね」と、少し寂しげな様子だった。そして、朝比奈さんとの最後の“会話”を、こんなふうに話してくださった。
「主人は最後に私の目を見て、何か一所懸命言おうとしていたんですが、私にはどうしても判らなかったんです。舌がからまっていたし、息も荒くて。でもね、あれは最後に『どうもありがとう』と言ってくれていたのだと思うことにしているんですよ」

~同上書P99

「悲愴」終楽章をバックに、胸が詰まるエピソードである。

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