新緑を愛で、ピドゥー&ユボーのサン=サーンスを聴く

saint_saens_cello_sonata_pidoux_hubeau現代の私たちが古人の心を知り、その心を持つためには、想像力だけで十分なのでしょうか、という学生の質問に対して語った小林秀雄氏の言葉。

十分です。想像力という言葉を、よく考えてください。想像力、イマジネーションというのは、空想力、ファンタジーとはまるで違う。でたらめなことを空想するのが空想力だね。だが、想像力には、必ず理性というものがありますよ。想像力の中には理性も感情も直感もみんな働いている。そういう充実した心の動きを想像力というのだな。
「小林秀雄 学生との対話」P143

なるほど、イマジネーションというのは人間の能力の、そして感覚という感覚のすべてを使う絶対的な力なんだ。

確かに「古いもの」を知るには想像力は不可欠だ。社会的背景や文化や風習や、またはそこに在る人々の思考や感情について考え、さらには直感も使う必要がある。そうやって僕もかつての芸術作品に触れる。

カミーユ・サン=サーンスはマルチの天才だった。知的好奇心に溢れ、あらゆる分野に興味を持ち、しかもそのすべてに長けていたというのだから本物。実際彼の生み出す作品のほとんどは、極めて高度な音楽性に溢れ、湯水のように湧き出る美しい旋律に満ち、有名無名を問わず、聴く者の心を捉える。彼の「想像力」は並大抵でなく、それが「創造力」として見事に結実したのである。

「サン=サーンスとフォーレ往復書簡集1862-1920」から。

いとこが、あなたへ、私の望遠鏡を持って行きますが、直径170ミリのほうの接眼レンズは修理に出したので今ありません。ですが、直径60ミリのほうでも楽しめます。今でしたら、たいそう簡単に木星を観察できますので、お待たせすることはないだろうと思いました。
1902年8月1日付、フォーレ夫人宛
P131

フォーレ夫人と「彼女の殿方」たちに、想像していたよりもはるかにすばらしかった日食の光景を見ながら、私はずっと彼らのことを考えていました、とお伝えください。
1905年9発29日付、フォーレ宛
P145

100余年前のカミーユを想像する。
空を眺めながらいつも彼は何を想ったのか。
この手紙を書いた頃この天才が書き上げた音楽を。

サン=サーンス:
・チェロ・ソナタ第1番ハ短調作品32
・チェロ・ソナタ第2番ヘ長調作品123
・ロマンスヘ長調作品36
・アレグロ・アパッショナートロ短調作品43
・ロマンスニ長調作品51
ローラン・ピドゥー(チェロ)
ジャン・ユボー(ピアノ)(1991.1&2録音)

70歳の作曲家の筆による作品123のソナタは4つの楽章を持つ。
第1楽章主部での、チェロの奏でる主題の優しさと伴奏ピアノの激しさの攻防はサン=サーンスの人柄をそのまま示すかのよう。音楽は高揚し、そして静まり、また高揚する。何というイマジネーション!!第2楽章スケルツォはどことなくブラームスのそれを髣髴とさせる。さらに、サン=サーンス自身が「感じやすい人たちに涙を催させるでしょう」というアダージョ楽章はまさに夢見る美しい音楽だ。続くフィナーレは作曲家渾身の作。チェロとピアノが浮いては沈み、沈んでは浮き・・・、ひとつにつながる。
一般的に演奏される機会の少ない作品だがイマジネーションに溢れる傑作だと僕は思う。

 


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3 COMMENTS

畑山千恵子

サン・サーンスはフランス音楽中興の祖と言われたものの、作曲家としてはハイドン、モーツァルト、ベートーフェンを模範としました。当時のロマン主義には背を向けていました。その一方、ヴァーグナーをいち早く評価したことには注目すべきでしょう。
しかし、ヴァーグナーを評価しても、古典主義を模範としたサン・サーンスは、ヴァーグナー派からも疎まれました。とはいえ、サン・サーンスが普仏戦争に敗れたフランスに音楽面での誇りを取り戻そうとしてオーケストラ作品、室内楽といった器楽作品復興に取り組んだことは評価すべきです。
サン・サーンスが生まれる前、父親がなくなり、ピアニストの母親、画家の大叔母に育てられたことは人間性にも大きな問題がありました。男親を知らずに育ったことで、家庭をもっても子どもを失ったことで離婚し、孤独な晩年を送ったことは人間としての悲劇でしょうね。

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木曽のあばら屋

こんにちは。
サンサーンスのチェロのための室内楽をまとめたCDはあまりないので、
このディスクは私も愛聴しています。
2曲のチェロ・ソナタ、どちらも良い曲だと思うんですが、めったに演奏されませんね。
ブラームスの半分くらいの頻度で取り上げられてもいいと思うんですが。

ふたつの「ロマンス」も、とても良い曲だと思います。

返信する
岡本 浩和

>木曽のあばら屋様
本当に滅多に演奏されないのが残念です。
おっしゃる通りブラームスの半分くらいはと僕も思います。

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