笈田ヨシ構成演出 松平頼則作曲モノオペラ「源氏物語」より音楽詩劇「葵の上~業のゆくえ~」

破壊と創造、あるいは再生の妙技。
松平頼則のモノオペラ「源氏物語」を礎に、音楽詩劇として再構成された「葵の上~業のゆくえ~」を観た。
奈良ゆみの繊細でありながら時に狂気満ちるパフォーマンスに背筋が凍った。
また、冒頭、ヴィオラの朗詠からただならぬ音響世界が繰り広げられる予感に溢れ、時間が止まったかのような1時間20分だった。
音程の安定しない、おそらく意図的に作られた弦の揺らぎは、あの世とこの世を結ぶ、見えない紐、あるいは至純な橋のように思われた。亀井庸州のヴァイオリンもヴィオラも素晴らしかったが、一層心を打ったのは尺八の音色。

このパフォーマンスは物語を追うものではない。
音のニュアンスをいかに感じとれるか、人のうちに宿る神性と魔性といかに対峙できるか、そして、暗澹たる音調の中に、それゆえの調和の音をかぎ分けることができるかが鍵だ。

その意味で、非音楽的な朗読が果たした役割とは一体何だったのかを考えさせられる舞台でもあった。願わくば三位一体だが、それには相当の稽古が必要だっただろう。

松平頼則作曲モノオペラ「源氏物語」より
音楽詩劇「葵の上~業のゆくえ~」
構成 演出:笈田ヨシ
テキスト、語り:山村雅治
編曲:亀井庸州、奈良ゆみ
演出助手:八木清市、太田麻衣子
2020年1月11日(土)15時開演
山王オーディアム
奈良ゆみ(ソプラノ)
亀井庸州(ヴァイオリン、ヴィオラ、尺八)
・朗詠(ヴィオラ・ソロ)
・朧月夜に(1992)(声のソロ)
・逢ふことの「3つのオルドルI」より(1994)
・世語りに(藤壺)(1990)(*録音:笙、筝、フリュート)
・影をのみ(六条御息所)(1992)(歌+ヴァイオリン)
・美濃山(催馬楽)(1999)(歌+ヴァイオリン)
・オマージュ(No.1)(1992)(声のソロ)
・おくとみる(紫の上)(1995)(歌+尺八)
・嘆きわび(六条御息所)(1995)(歌+尺八)
・オマージュ(No.2)(1992)(声のソロ)
・鈴鹿川(六条御息所)(1992)(歌+ヴァイオリン)
・鳥(迦陵頻)の急(2001)(歌+ヴァイオリン)
*録音音源:笙:宮田まゆみ、筝:福永千恵子、フリュート:小泉浩

「いえいえ、そんなことではありません。身内が苦しくてなりませんから、しばらく調伏を緩めて下さるようにと思ってお呼びしたのです。こうして迷って来ようなどとはさらさら思ってもいないのですが、ものを思う人の魂は、こんな具合に体を抜け出すものだと見えます」と、なつかしげに言って、
 嘆きわび空にみだるる我が魂を
   むすびとどめよ下がひのつま
とおっしゃる声音やおんけはいは、その人のものとも見えず、変っていらっしゃるのです。不思議に感じて考えてごらんになりますと、全くあの御息所そのままなのでした。

「葵」
「潤一郎訳 源氏物語 巻一」(中公文庫)P379-380

葵の上の怨念、あるいは業を全身全霊で表現する奈良ゆみの歌は重く、また神々しかった。ちなみに、パフォーマンス後の彼女の語りで知ったのは、ラスト・ナンバー「鳥(迦陵頻)の急」は、何と死の1週間前に完成したという松平頼則の遺作だそう。パリ在住の奈良の手にスコアが渡ったまさにその日に松平の訃報が入ったそうで、彼女にとってとても思い入れが強い作品だということがわかった。

それにしても音楽とは演奏者、聴衆との相互コミュニケーションなのだということを痛感した。それには舞台に乗る表現者の一体感が重要なのだが、そこは少々ちぐはぐだったような。

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