満を持して創作を開始した弦楽四重奏曲は、ショスタコーヴィチにとって人生の岐路にあたって自省する手段の一つだったように思われる。どの作品も個性的で、また哲学的、そして深い。キーワードの一つは「シニカル」。
外面は磨きのかかった温かい舞踊。そこに悲しげな旋律が付加され、内側は実に冷たい。確固とした信念に貫かれた、揺るぎのない自我の表明とでもいおうか。それゆえに彼の弦楽四重奏曲は永遠だ。
ボロディン四重奏団の演奏は、実に感度が高い。
強度な凝縮力と4人が一体となる調和の美。聴いていてこれほど心が休まる音楽はない。
そして、キーワードのもう一つは「厭世」。
「証言」で真か偽か、ショスタコーヴィチは次のように語る。
ヒューマニストを信じてはいけない。予言者を信じてはいけない。有名人を信じてはいけない。彼らは二束三文で裏切るのだから。自分の仕事を果たしなさい。人々を侮辱せず、助けるよう努力しなさい。一気に全人類を救済しようとせず、まずは一人の人間を救済しようと努めなさい。これは信じがたいほど困難なことである。他の人を傷付けないように一人の人間を救済するのは難しい。それだからこそ、全人類を同時に救済したいという誘惑が出現するのである。
~ソロモン・ヴォルコフ編/水野忠夫訳「ショスタコーヴィチの証言」(中公文庫)P358
自力を信じ、一人一人の心にいかに迫るかをショスタコーヴィチは考えていたのだろうか。何にせよ、そのことで結果、多くの人々の魂を救うだけの力を彼は得たのである。
最初の妻ニーナ・ワシリエヴナに捧げられた、短い第7番嬰ヘ短調が素晴らしい。特に、簡潔で叙情豊かな第2楽章レントの静寂美に言葉がない。さらには、アタッカで続く第3楽章アレグロ―アレグレットのフーガの高揚に激するも、後半のひっそりと穏やかな音調の安寧に心奪われる。