
創作活動、演奏活動、興行活動のいずれも精力的に展開し、年老いてなお、常に前向きに人生を切り拓いていくヘンデルの姿に、私は圧倒される。そして、「ヘンデル教徒」(ヘンデリアン)と化した私は、知れば知るほど巨大になり、偉大になっていくヘンデルの姿を、ただただ尊敬の眼差しで仰ぎ見るばかりである。
~三澤寿喜著「作曲家◎人と作品シリーズ ヘンデル」(音楽之友社)P238
三澤寿喜さんのあとがきの言葉に納得する。
ヘンデルは劇場の人であった。世界を、公衆をいかに驚かせ、そして喜ばせるか、彼はいつもそんなことを考えていた。ヘンデルの行動は大胆だ。誰もが恐れて足がすくむことですら難なくやってみせた。パッションとエネルギーは桁違いだったのだろうと思う。
そんな彼の、束の間の休息のような、安寧の器楽曲こそ人類至宝の一つ。
例えば、作品1の標題が付けられた12のソナタたち。中でも、ブロックフレーテのための4つのソナタの憂いと、ため息の出るほどの明朗な美しさに感無量。
緩徐楽章の懐かしさ、あるいは哀感。
舞台作品で人間心理を絶妙に描き切ったヘンデルの、器楽曲での心理描写(?)も実に素晴らしい。果たして彼がそんなことを意図したかどうかは知らない。知らないけれど、どんな作品にも人を感化する大いなる力が漲るのだ。
イ短調作品1-4第1楽章ラルゲット然り、あるいはヘ長調作品1-11第1楽章ラルゲット然り、これほどまでに懺悔心を煽動される音楽が他にあろうか。
唐突だが、ヘンデルのブロックフレーテ・ソナタを聴き、僕はウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」を思う。金城哲夫さんの脚本がとにかく素晴らしい、シリーズ中随一と言っても良い作品だ。
アンヌ:「ノンマルトって何んなの?」
真市:「本当の地球人さ」
アンヌ:「地球人??」
真市:「ずっとずっと大昔、人間より前に地球に住んでいたんだ。でも、人間から海に追いやられてしまったのさ。人間は、今では自分たちが、地球人だと思ってるけど、本当は侵略者なんだ」
アンヌ:「人間が、地球の侵略者ですって?」
~ウルトラセブンストーリー
すべての事象は因果によるもの。自省と懺悔の大切さを思う。