
たった1梃のヴァイオリンが織り成す無限宇宙のような音世界。
バッハの無伴奏作品を、中でもシャコンヌを初めて聴いたとき大袈裟でなく僕は腰を抜かした。バッハの頭の中はどうなっているのだろう、正直そんなことを思った。
寺神戸亮「シャコンヌへの道」には、次のようにある。
シャコンヌのような作品が1日にして突如出てきたのではなく長いドイツ音楽の伝統の中に根ざしたものであったことなどに思いを馳せながら聴いていただければ幸せです。
~COCO-73262ライナーノーツ
ローマは一日にしてならず。
バッハは模倣の天才だった。既存の価値に新たな視点を付け加えて革新を生み出すことが彼の仕事だったように僕は思う。
澄んだ空気の中で耳を傾ける。
真の音楽を心で感じるときのカタルシス。
曇った魂が磨かれるような錯覚とでもいうのか、魔法のような力強さに僕は呆然となる。
いかにもドイツ人の作品らしくすべてが緻密。
ビーバーのパッサカリアの、低音の進行が素敵。バッハがインスピレーションを得たであろうピゼンデルのソナタも崇高でありながらとっつきやすく、心の琴線を刺激する。シャコンヌに至っては、もはや演奏者を感じさせない極限美。無心の寺神戸亮がここにいる。
ところで、バッハの生きた時代を俯瞰してみると面白い。
彼の生まれた頃は、ドイツがいわゆる最大にして最悪の宗教戦争たる30年戦争によって国土が荒廃甚だしかっただろう時期。宗教においてもカトリック派、ルター派、カルヴァン派という宗派が入り乱れ、国内で散々な確執がその後も長く続いた。
各々に執着があり、それに伴う戦いがあり、人々の心が決して静穏な時ではなかったことを考えると、バッハが信仰というものを重視し、神前に一途に仕事を続け、人々に真の安寧を届けようとした(芯から真面目な)慈愛の心の持主であっただろうことが想像できまいか。
シャコンヌは間違いなく(世界を一つにしようと目論んだ)バッハの祈りだ。