その昔、初めてフランソワ・クープランの「神秘な防壁」を聴いたとき、僕は痺れた。あの軽快かつ美しい旋律と、何でもないのに高揚する展開に、僕はそれだけでこの人は天才だと思った。しかも、数多のクラヴサン曲集には、エリック・サティもたじたじの風変わりな(?)標題が付されていて、そのことにもとても魅力を感じたのである。
フランスのクープラン家は、ドイツのバッハ家と同様、代々優れた音楽家を輩出している有名な家柄である。中で、フランソワは聖ジェルヴェ教会のオルガニストとして活躍した人で、もちろん宗教音楽やオルガン作品を作曲しているが、何と言っても重要なのは器楽曲、世俗音楽の類である。そこには憂いあり、喜びあり、また悲しみあり、人間の持つあらゆる感情が刷り込まれていて、聴いていて思わず同化してしまいそうになるくらい。
イェド・ヴェンツ指揮ムジカ・アド・レヌムによる室内楽作品全集から1枚。
優雅で温和で穏やかで。心静かに耳を傾けると大いなる発見がある。
太陽王ルイ14世に認められたフランソワ。わずか25歳で宮廷礼拝堂付きオルガニストになった彼は、王家の子女たちの音楽教育も任され、サロンでは自作の室内楽曲が頻繁に奏されていたという。
フランソワ・クープランの音楽の第一は、品格であろう。さすがフランス的なエスプリが効いているとでもいうのか、音楽の躍動がどうにも神々しいのだが、決してとっつき難いものでないことがとても嬉しい。
センス満点の標題にはファンタジーがある。
センス満点の音楽には極上のハーモニーがある。
そしてまた、ヴェンツ率いるムジカ・アド・レヌムの演奏にも軽やかな、無心の幻想が宿る。