クーベリック指揮バイエルン放送響 フランク 交響曲(1965.4.23Live)

私がこの人で特に好きな点、特に尊重している点は、いつも、何を振っても、彼自身でいるというところである。というと恐ろしくエキセントリックな人物と思われるかもしれないが、そういう意味ではない。どんな時でも、ハッタリがなく、自分を偽り、自分を隠して自分以外のものにもなろうとか、あるいは無理に背伸びして自分以上のものになろうなどとしない、という意味である。これは、どんな名指揮者にもいつもみられるとは限らない美徳である。いたずらな虚栄心をもたない人だといってもよいのかもしれない。
「吉田秀和全集5 指揮者について」(白水社)P236

確信をもって音楽に颯爽と身を委ねる姿勢が素晴らしいと思う。
モーツァルトが弾ける。その上、とても瑞々しい。
指揮者がオーケストラと通じ合っているのである。何という意志的な表現であることか。第1楽章アレグロ・コン・スピーリトから劇的であるが、終楽章プレストの有機的なティンパニの音が耳について離れない。

ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団初来日公演の一夜(東京文化会館)。
怒涛の拍手喝采が日本の音楽愛好家の期待の大きさを示すようだ。

パウル・ヒンデミットの明快な音。第1楽章アレグロから音楽は派手に威勢よく打ち鳴らされる。また、第2楽章スケルツォのユーモラスな表情は、まるで伊福部昭の音楽を髣髴とさせる。そして、第3楽章アンダンティーノの抒情。終楽章マーチの明確な輪郭と豪快さ。つまり、外見と中身が限りなく一致しているのである。クーベリックは、吉田さんの言葉通りやっぱり表裏のない人なのだろう。

・モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
・ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容
・フランク:交響曲ニ短調
・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1965.4.23Live)

白眉はフランクの交響曲!
おそらく初めてバイエルン放送響の音に触れた日本の聴衆はのけ反ったのではないか?
第1楽章冒頭レントに蠢く暗い情熱の発露が堪らない。あるいは、主部アレグロ・ノン・トロッポでの開放的で大らかに奏でられる音楽の機微に人々の心は躍ったのではないか?
そんなことを想像させる神秘的でありながら力強い音に、僕はのっけから感動する。
第2楽章アレグレット第1主題の愁える音色が何と印象的か。そして、終楽章アレグロ・ノン・トロッポの(決して無機的に陥らない)勝利の凱旋の如くの金管群のとがった咆哮に卒倒。
アンコールのワーグナーがまた素敵。

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