「ドイツ・レクイエム」

先日、渋谷のタワーレコードを徘徊していて、珍しくセールの棚に目がいった。何と1枚200円や490円というCDが積み上げられている。普段だと気も留めないところだがせっかくなので洗いざらい掘り出し物がないか漁ってみた。

そういえばまだ10代の頃、当時はなけなしのお金を使って少しずつLPを買い、溜め込んでいた時期なのだが、ショップによって大々的に輸入盤セールというものが時折開催されていたので、そのたび毎に足繁く通った。アナログ国内盤1枚が2,000円~¥3,000する時代である。廉価版といえども¥1,200~¥1,500はしていた。高校生の身でそうおいそれとは何枚も手にすることができない。とはいえ、気になる音盤、欲しい音盤は五万とある。日々「レコード芸術」を読みながら空想に耽っていた。その音盤を手に入れ、悦に浸る自身をイメージしながら・・・。
CDの蒐集マニアというのはどうしようもない。キリもない。もちろんそのCDが聴きたいと思って購入するのだが、買ったきりで聴かないまま棚の奥に眠る音盤も多い。かつての空腹を満たす意味での蒐集なのだろう、買っておくことでまずは安心するのである。繰り返し何度も聴き、その音楽に浸り、愉悦を味わうのはある意味二の次。いわば音楽の「積読」状態である。

それにしても1度や2度しか聴かずに眠るCDの何と多いことが。まさにCD「飽食の時代」といえる。お目当ての音盤を探すためにCDショップを梯子し、購入した音盤を大事に大事に聴いた頃が妙に懐かしい。

ということで、渋谷のタワレコで見つけた何と¥200の掘り出し物。

ブラームス:ドイツ・レクイエム作品45
アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)
ギュンター・ライプ(バリトン)
ヘルムート・コッホ指揮ベルリン放送交響楽団&合唱団

意外な名演奏。やはり当時の東ドイツのレベルは極めて高い。ともかく音楽に生命力が満ちている。死者のための鎮魂曲で生命力など無用のようにも思えるが、音楽というものどんなものでも迸る情熱を持っていてこそ人々に受け容れられるというもの。クールで低空飛行の創造物も時には納得感があるが、音楽は楽しくなくてはいけない。元気にさせてくれるものでなくてはならない。
コッホという指揮者は年季の入った職人なんだろう。細部にまでしっかりと眼が行き届き、一部の隙もないブラームスを我々に提示する。圧巻は、第6曲『この地上に永遠の都はない』。これほど劇的で、意味深く、聴くものの心を揺さぶる音楽の再創造は稀である。

2日間の「ワークショップ」を終え、どんな人の中にも人を元気にさせる、そして喜ばせるエネルギーがあるのだということを再確認した。人は変わらない。変わるのは「関係の質」のみ。「傾聴」と「発信」が鍵である。


4 COMMENTS

ザンパ

はじめまして
確かに、CDの「慢性積読」状態になる昨今ではありますが、毎日CDをとっかえひっかえ紹介しているあなたはどうなのでしょうか?
紹介されたCDが増えるほど、本当に聴いているのかな、という会議性が増してゆきます。こういうクラシックブログはいつも拝読させていただいておりますが、そういう疑問も頭によぎります、
たぶん、このドイレクもそう何回もお聞きにならないだろうことはあなたが一番よくわかっておられるはずです。
生意気なことを書いてしまってすいません。でも、お考えを聴いてみたくて。どうお考えですか?

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雅之

おはようございます。
>いわば音楽の「積読」状態
確かに、私もそうですが、何千枚、何万枚とCDを所有していても、それらを一生のうちにあと何回聴けるかということを考えると、バカバカしくなり自分でも笑ってしまいます。そういう意味では、そろそろ本当に繰り返し愛聴するCDを500枚くらいに絞って所有し、後は売却して家族のスペースにすべきかな?とも考え始めてもいます。
それと、岡本さんが以前にも触れられていたCDの寿命について、私もずっと前から気になっているところです。
「資料の保存に関する調査研究班」中間報告(国立大学図書館協議会「資料の保存に関する調査研究班」平成5年5月)には、予測寿命が、紙(中性紙)で250~700年、白黒フィルムで500~900年、などに対し、光ディスクは、約20年と記載されています。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/publications/reports/41/41_5.html
CDの寿命がそれほどまでに信頼できないとなると、我々のように数多くのCDを蒐集して所有保存するのは、永い目で見て、あまり意味のないことになります。ちなみに多くの電子媒体自体が、一部のメーカーの作った現在の技術水準での規格に乗っ取ったものに過ぎず、デジカメなど大量のデジタル・データの光や磁気記録なども、ソフト自体の寿命・保存性(こちらも意外に短いと言われている)と、技術革新に伴う規格の一般性の消滅(例 LPレコードやVHSビデオ)により、近い将来読み取れなくなる危機が叫ばれているようです。
環境問題という側面もあります。CDは寿命が尽きた後は、ポリカ他のプラスチックやアルミ他記録層などの大量の産業廃棄物になり、我々の快適な地球環境に負荷をかけることになるのは間違いありません。
また、LPレコードも塩化ビニールが主成分なので、塩素を使用しており、燃やすとダイオキシンなどの有毒ガスを発生させ、CD以上に環境負荷になります。
最近、実家の引っ越しの際、大量の不要物を処分して実感したのですが、これからの世の中は、間違いなく、多くの物を所有することは、益々美徳ではなくなっていくと思います。資本主義の拡大再生産は、地球とその資源の有限性を考慮しなければならない時代になりました。
ご紹介のCDは未聴です。私の学生時代は、旧東ドイツの演奏家の演奏こそが、ベートーヴェンやブラームス時代の音を正統に伝えていると信じていました。
今主流の考え方は違います。ピリオド奏法こそが作曲当時の響きを伝えるものだと、何時の間にか言われるようになりました。
↓例
http://www.hmv.co.jp/product/detail/143791
「正しい歴史認識」は、これからも時代によって刻々と変化し続けます。古いファンには寂しい限りですが・・・。 

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岡本 浩和

>ザンパ様
はじめまして。コメントをありがとうございます。
確かに「どきっ」とするような鋭いご指摘です。
ちなみに、私がブログを書くにあたって考えていることは、
・長年愛聴してきたレコード、CDについて私なりの観点で感想などを述べる。(ブログを書き始めた2年数ヶ月前の一番のポイントはここにありました)
おっしゃるとおり、毎日のようにCDを紹介するようになると結果的に聴き込んでいない(下手をすると1回しか聴いていない)ものまでを採り上げることになります。
・少なくとも2,3度は繰り返し聴きたくなった(そして、実際に繰り返し聴いた)音盤を採り上げ、私なりの観点で感想を述べる。
さらに、コンサートなども基本的にそうですが、
・1度聴いて直感的に「いいな」と感じたもの、あるいはたとえ1度聴いただけでも感動を与えてくれたものを採り上げて感想を書く。
などの点です。
しかしながら、本当にそのうちCDを採り上げて書けなくなるときが来るかもしれないですね。ブログそのものが趣味で何となく書き始めたという経緯もありますので、いずれ書けなくなった時は別のテーマのブログになるかもしれません。
というように、音盤を毎日採り上げて始めたブログですが、実はあまり深く考えていないのです(本業でセミナーを開催していている関係上、日々感じたこと考えたことを言葉にして残しておくという意味合いもあります)。
答になっているかどうかわかりませんが、以上です。
今後ともよろしくお願いします。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>そういう意味では、そろそろ本当に繰り返し愛聴するCDを500枚くらいに絞って所有し、後は売却して家族のスペースにすべきかな?とも考え始めてもいます。
まぁ、長年の癖みたいなものなんですよね。とにかく「持っていたい」という・・・。でも確かにおっしゃるとおりですね。
ご指摘の通り、CDの寿命や環境問題等々を考えると一層そう思います。
>最近、実家の引っ越しの際、大量の不要物を処分して実感したのですが、これからの世の中は、間違いなく、多くの物を所有することは、益々美徳ではなくなっていくと思います。
同感です。
捨てないと「新しいもの」は入ってこないですものね。
>私の学生時代は、旧東ドイツの演奏家の演奏こそが、ベートーヴェンやブラームス時代の音を正統に伝えていると信じていました。
刷り込みだとは思いますが、僕も同じ考えです。というより趣味ですね。
>「正しい歴史認識」は、これからも時代によって刻々と変化し続けます。
まさに!!

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