ゲルギエフ指揮ウィーン・フィル チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」(2004.9Live)

何よりそのユニークな構成。終楽章アダージョ・ラメントーソのすすり泣きと、クライマックスでの悲痛な叫びを聴くたびに、どれほど人口に膾炙しようともこれは屈指の名曲だ。

チャイコフスキーの遺作(?)。まさか本人は、初演の数日後に命を落とすことになろうとは思ってもみなかったであろう。しかし、運命の皮肉か、こともあろうに彼はコレラがもとで急逝した。

交響曲ははかどっている(お前にそれを捧げようと考えていたが、いまや迷っている。私はその内容にとても満足だ。・・・私は、この交響曲が、最良のもので、とくに、私の作品すべてのなかで最も誠実なものだと前向きに評価している。私は、これまでの自分の作品のどれひとつとして、この交響曲ほど愛したことはない。
(1893年8月2日付、甥ダヴィードフ宛)
ミニチュアスコアOGT2122(音楽之友社)

全身全霊の交響曲に、彼は絶大な自信を持っていた。しかし、初演の際、聴衆から絶対的な賛辞を受けなかったことが彼の心を結果的に蝕んだのかもしれない。

この交響曲はどこか不可解なところがあるようだ。(聴衆の)気に入らなかったわけではないが、ちょっとした当惑を引き起こした。私自身は、他の作品よりもずっと誇りに思っているのだが。
(1893年10月18日付ユルゲンソーン宛)
~同上ミニチュアスコア

至高の作品ほど最初から聴衆受けは良くないものだ。

・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
ワレリー・ゲルギエフ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2004.9.1-4Live)

東京交響楽団との「悲愴」が素晴らしかった。もちろん手兵マリインスキー歌劇場管弦楽団との「悲愴」にも僕は痺れた。指揮棒を持たず、両手をわなわなと震わせて指揮するゲルギエフの「悲愴」は飛び切り情熱的で、また美しかった。

第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの、打楽器の音圧というのか、猛烈な飛沫を上げてうなる音楽の暴走、というかパッション。ウィーン・フィルもゲルギエフの意志に応えようと懸命に音楽を奏でる。それにしても終楽章アダージョ・ラメントーソ—アンダンテの、何ものにも代えがたい心の叫びの沈痛さ(ここでゲルギエフは一気に加速し、その後また一気に減速し沈潜する)。人間的だ(マーラーが第9交響曲の雛形として借用しようとした意図もよくわかる)。

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