シェリング ギブソン指揮ロンドン響 パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番ほか(1975.6録音)

正直、つまらない曲だ。
美しい旋律が頻出するにもかかわらず、自己顕示欲ばかりが目立ち、自意識過剰な音調に僕はずっと心が動かなかった。どうにも表層的な音楽にしか聴こえなかった。当然テクニックのある音楽家が演奏したら、どんなときもとても効果的な、そして熱狂的な音楽が繰り広げられる。

ニコロ・パガニーニのヴァイオリン協奏曲。
ヘンリク・シェリングの演奏を聴いて、印象が変わった。
シェリングの演奏は、客観的で僕は素晴らしいと思う。
シェリングは決して気負わない。我を前面に押し出そうとせず、あくまで音楽そのものの持つ内燃するパッションを重視して、何より感情を抑制しながら音楽を進めて行く。その分、音楽は地味に(大人しく)聴こえるが、心静かに耳を傾けると、作曲家の内なる声が確実に心に届く。

パガニーニ:
・ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品6(1817-18)
・ヴァイオリン協奏曲第4番ニ短調(1830)
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
サー・アレクサンダー・ギブソン指揮ロンドン交響楽団(1975.6録音)

パガニーニはいわずと知れたヴィルトゥオーゾであった。

パガニーニが花の都パリにやってきたのは1831年、そして最初の演奏家が3月9日にオペラ劇場で行なわれた。彼はここでもパリの人々を熱狂させ、新聞は「これは悪魔的な神業である。人びとはすべて狂気に走った」とさえ書いている。また当時19歳だったフランツ・リスト(1811-1886)が「わたしはピアノのパガニーニになるのだ。さもなければ気違いになるのだ。」と言ったという話はよく知られている。
渡邊學而「大作曲家の知られざる横顔」(丸善ライブラリー)P127

一方彼は、ケチで守銭奴であったとも言われるが、当時経済的に苦しかったエクトル・ベルリオーズの金銭的贈与を試みているのだから、実際のところはわからない。行動が派手で、しかもその演奏が超絶的だったせいもあり、公衆に相当誤解されていただろうことは容易に想像できるけれど。

親愛なる友よ、ベートーヴェンの死後、彼の後継者となり得る人はベルリオーズしかおりません。私はあなたのすばらしい作品を心より讃美していますから、私の贈り物として2万フランを是非お受け取り下さい。これは私の義務でもあります。同封の小切手をお示しになれば、ロスチルド男爵がお支払いすることになっております。
(1838年12月16日付、パガニーニからベルリオーズ宛)
~同上書P130

どうやらパガニーニは単なるケチではなかったようだ。
自身が認めた価値あるものへの投資は心置きなくするという大らかさ。
彼の音楽にある陽気さは、そういう思考の反映だろう。そして、その個性を十分に表現し得たのがシェリングの(抑制された)ヴァイオリン。
協奏曲ニ長調第1楽章アレグロ・マエストーソ然り、同じく協奏曲ニ短調第1楽章アレグロ・マエストーソ然り、音楽は表現の喜びに溢れ、躍動する。また、いずれの緩徐楽章も何とセンチメンタルで、人の心を惹きつける力に満ちていることか。

なるほど、少なくとも僕にはパガニーニの企図的なスタイルが鼻につくのかもしれない。客観的であれ。

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2 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。最近ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをフランチェスカッティ=カサドシュの演奏で、どこかしっくりこないなー、と思いつつで聴いたのですが、フランチェスカッティがパガニーニの演奏で名を挙げた超絶技巧の名人、と解説に書かれているのを読んで、ちょっと「な~んだ。」と思ってしまいました。この記事を読み、さすがシェリング!とシェリング=ヘブラーの演奏で同じ曲を聴いてみました。全然違いました。しっとりと落ち着いて、作曲者の想いに寄り添って語り掛けてくるような感じ…でしょうか。シェリングの演奏姿勢がパガニーニの曲からも内なる作曲者の声を引き出していることに、演奏というものの可能性と奥深さを感じてうれしくなります。このCDも聴いてみたいです。ありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

コメントをありがとうございます。
記事にはしてみたものの、やっぱり僕にはパガニーニは面白くありません。(汗)
強いて言うなら、シェリングの演奏姿勢を知ることができることに価値があることくらいでしょうか。
ギトリスなどは、もっと熱狂的な、いかにもパガニーニというような名演奏を残しているそうなので、聴き比べてみるのはいかがでしょうか?
ただし、僕はギトリスのパガニーニは聴いておりません。
残念ながらパガニーニにはほとんど食指が動かないのです。
※シェリング&へブラーのベートーヴェンは名演ですね!

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