グルベローヴァ&アーノンクールのモーツァルト演奏会用アリア集(1991.6Live)を聴いて思ふ

モーツァルトの音楽には「分断」がない。酸いも甘いも包括した「調和」があるのみ。
少なくとも彼にとって創造行為は、思考や感情とは別のところにある、いわば神との直接交流によるものだったのだろうと思う。

彼の手紙の、些末な事柄、生活にまつわる事柄、あるいは作品に付随する印象など、そこに書かれているのは、あくまで創造行為以外のことだ。創造行為そのものは言葉にならないところがミソ。後世の人々に披露する意味で書いたわけではない、残された数多の手紙には、人気モーツァルトの思考や感情が錯綜する。

あなたの真の友情と同志愛のおかげで、私がこんなに厚かましくもあなたの偉大なご好意におすがりします。あなたにはまだ8ドゥカーテンの借金があります。今のところ、それをお返しする当てもないのに、あなたを信頼するあまり、ほんの来週まで(そのときはカジノで私のコンサートが始まりますので)100フローリンの御助けをお願いいたします。
(1788年6月初め、プフベルク宛手紙)
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P386

その日、食べるにも苦労していた痕が読み取れる悲哀。この頃の手紙はほとんどが、無心の手紙だ。しかし本来、モーツァルトにはもっと遊び心がある。

きみのいとしい肖像画に向かってぼくがやりとりしていることをすっかり話して聞かそうとしたら、きみは何度も吹き出してしまうだろうよ。—たとえば、ぼくがあれを解禁して取り出すとき、ぼくはこう言うんだ。「おはよう、シュタンツェルル!おはよう、おはよう。このいたずら小僧。水鉄砲。—とんがり坊主—ちっぽこ蛇—食いしん坊!」—そしてそれをまたしまうときには、少しずつ滑り込ませながら、言い続けるンだ。「シュトゥ!—シュトゥ!—シュトゥ!」—でもこの意味深な語が必要な独特のアクセントをつけてね。
(1789年4月13日付、ドレスデンのモーツァルトからコンスタンツェ宛)
~同上書P395-396

ほとんど他人には読まれたくはないであろう、妻との性愛にまつわる話。モーツァルトは正直だ。とはいえ、一方で、彼は実に真面目な一面をのぞかせることもあった。

人間の品位はその人の心にあるのであって、ぼくは伯爵ではありませんが、多くの伯爵に優る名誉を身につけていると思います。そして、下僕だろうが伯爵だろうが、ぼくを罵れば、その人こそろくでなしです。
(1781年6月20日付、ウィーンのモーツァルトから父レオポルト宛)
~同上書P283

モーツァルトの思考は、いつも正しい。

1788年3月4日作曲。演奏会用アリア「ああ、情け深い星々よ、もし天に」K.538。
モーツァルトは、天に慈悲があることを信じて音楽を創造したのだろうか。まさに、現実の経済的困窮を逃れんと清澄な音楽に自身の切なる願望を託したのだろうと思う。何という明るさ!何という堂々たる音調!

ニコラウス・アーノンクールのモーツァルトは、一見芯が立っていて、いかにも挑戦的な風貌を保つ。しかし、それでいて内実は、四角四面の箸にも棒にも引っかからない軟弱な解釈でなく、自由に飛翔する魂を内在させるのである。何という革新と保守の混淆するモーツァルト!

モーツァルト:コンサート・アリア集
・レチタティーヴォとロンド「我がいとしの希望よ!・・・ああ、お前にはどんな苦しみか分るまい」K.416
・アリア「あなたは忠実な心をお持ちです」K.217
・アリア「いえ、いえ、あなたにはご無理です」K.419
・レチタティーヴォとアリア「だが何をしたのだ、運命の星よ・・・私は岸辺が近いと思い」K.368
・レチタティーヴォとアリア「哀れな私は、どこにいるの・・・ああ、口をきいているのは私でなく」K.369
・レチタティーヴォとロンド「この胸に、さあ、おいで下さい・・・天があなたを私にお返し下さった今」K.374
・アリア「ああ、できるならあなたにご説明したいものです」K.418
・アリア「ああ、情け深い星々よ、もし天に」K.538
エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)
ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団(1991.6Live)

おそらくモーツァルト没後200年を記念してのグラーツでのコンサートの実況録音。
グルベローヴァの、アーノンクールが完全に伴奏に回ってしまわざるを得ない(?)圧倒的超絶技巧の歌唱が美しい。縦横に空間と時間を行き来するグルベローヴァの歌は、まさにモーツァルトが時空を超えて官能を僕たちの前に披露するかのよう。「声」の力の偉大さなり。

 

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