
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」は、モーツァルト・オペラの中でも特殊な、再生される音楽によってその是非が明確に左右される特異な作品だ。その意味で、僕はフルトヴェングラーの残されたいくつかの録音が随一だと思う。序曲の冒頭から他を冠絶する、圧倒的な音像に打ちのめされ、金縛りに遭ったか如くの緊張状態に陥る。
フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルの「ドン・ジョヴァンニ」(1950.7.27Live)を聴いて思う
3種あるザルツブルク音楽祭の音の記録、そして最晩年の、映像を別撮りしたらしい映画を加えた4種は、いずれもが人類の至宝だといえまいか。
数日後、ハインリヒ・クラリクは別の批評で、フルトヴェングラーの「フィガロの結婚」演奏についてコメントした。中で彼は、この指揮者のモーツァルト解釈の特異性を評して次のように述べている。
「彼の演奏は、形式や伝統、習慣といったものからではなく、完全に内なる直観によって支えられ、成り立っています。だからこそ、彼が指揮をすると、型にはまった演奏にならないのです。
彼が時折やや遅めのテンポで指揮するのは、音楽を「徹底的に探究したいという欲求」、すなわちあらゆる楽曲、あらゆるフレーズ、あらゆる小節を徹底的に、そして知的に探究したいという欲求から来ていることは明らかです。解釈するものが探求する課題を解決するためにテンポ設定はとても重要です。フルトヴェングラーはまた、歌いやすさ、カンタービレという要素を前面に押し出しています。彼の指揮の下、モーツァルトのアレグロは常に歌い、息づき、変容し続けるのです。それは、決して軽率に、あるいは無頓着に消え去ることはありません。因習の束縛から解き放たれ、力強く独創的な芸術的意思によって支えられた表現に共感する者は、驚きに満ちた効果と美をあらためてたくさん受けることでしょう」。
(「プレッセ」紙、1953年8月9日)
ウィーンのこの著名な評論家の言葉は、半世紀以上の歳月を経た現在でも、残された記録によって充分確かであることがわかる。1954年の公演の録音や同年夏の映画化作品よりも、フルトヴェングラーによる「ドン・ジョヴァンニ」の解釈は、このオペラに関して理論と実践の両面で示してきた者をはるかに凌駕する、揺るぎない決断力と内なる自由を、その後何世代にもわたる音楽家や演出家が如実に示している。序曲の最初の小節からモーツァルトの真髄が明らかになるのだ。音楽と劇的表現は一体であり、状況が次々と有機的に展開し、ナンバーは壮大な音楽的・劇的弧へと溶け込んでゆく。フルトヴェングラーの強烈な表現力は、オーケストラのあらゆる詳細を描き出し、形作っており、声楽アンサンブルも優れた均質性を実現している。
これは当時の慣例に反して、ザルツブルクがウィーン国立歌劇場のモーツァルト・アンサンブルを起用せず、多様な背景を持つ歌手たちを起用したという点でなおさら意義深いものだった。うちの二人、エリーザベト・シュヴァルツコップとアントン・デルモータは、ウィーンとザルツブルクの両方で活躍し、1950年にフルトヴェングラーによるザルツブルク初公演の「ドン・ジョヴァンニ」に出演していた。アンサンブルに新たに加わったのは、ベルリン出身のエリーザベト・グリュンマーとエルナ・ベルガー、そしてミラノ・スカラ座出身のチェーザレ・シエピとラファエレ・アリーである。ウィーンからは、オットー・エーデルマンと当時24歳のヴァルター・ベリーが、共にこの役でデビューした。
(ゴットフリート・クラウス)
死去の前年の「ドン・ジョヴァンニ」もまた素晴らしく、そして美しい。
ザルツブルク音楽祭は、フェルゼンライトシューレでの実況録音。
第2幕第7場第19番六重唱「暗い場所でたったひとり」での、ドンナ・エルヴィーラ(シュヴァルツコップ)、レポレッロ(エーデルマン)、ドン・オッターヴィオ(デルモータ)、ドンナ・アンナ(グリュンマー)、ツェルリーナ(ベルガー)、マゼット(ベリー)の軽妙なやり取りなど、ミュージカル風の寸劇的要素があり、愉悦の極みだが、ここではさすがのフルトヴェングラーもデモーニッシュなたがを外し、思いっきり音楽を愉しむようだ。
しかし、白眉はやっぱりドン・ジョヴァンニの地獄堕ちのシーンだろう。ここから最後の六重唱までは手に汗握る、フルトヴェングラーの真骨頂!
