バーンスタイン指揮バイエルン放送響 モーツァルト レクイエムK.626(1988.7Live)

第5曲「レックス・トレメンデ(恐るべき御陵威の王)」冒頭に突如かぶさるオルガンの通奏低音に驚いた。レナード・バーンスタイン独自の解釈なのだと思うが、重厚で哀し気なオルガンの音色から、それは10年近く前に逝去した妻への追悼の意が込められたものだったのだろうかと想像してみた。

私は、私の妻フェリシア・モンテアレグレのことでは後悔しています。たとえ彼女の思い出が今でもなお私を苦しめるにせよ、それでも、私は生き続ける力と意志を持てたわけですけれど。フェリシアと私は32年間の結婚生活を送り、私たちは、4年ほどの短い別居期間はありましたが、素晴らしい人生を送り、互いにぴったりと結ばれていました。別居期間の後、私自身が彼女なしでは、ファリシアが私の傍らに居てくれなくては、家族なしでは、生きていられなくなり、そんなわけで、私たちは元通りになったのです。
バーンスタイン&カスティリオーネ著/西本晃二監訳/笠羽映子訳「バーンスタイン音楽を生きる」(青土社)P172-173

特に晩年、個性的な解釈で世界を揺るがした(?)いかにもレニーらしい、自己中心的な、気分屋的理由だ。たぶんフェリシアは結婚生活においてとても苦労があったのだろうと思う。

2年前、私は彼女の死後10年経ったのを機に、彼女の思い出に捧げて、モーツァルトの「レクイエム」の大変見事な演奏を指揮しました。マリー・マクローリン、マリア・ユーイング、ジェリー・ハドレー、そしてコルネリウス・ハウプトマン、バイエルン放送合唱団、バイエルン放送交響楽団が参加しました。その演奏の録音はすでに発売されていて、ディスク・ジャケットには、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」のジャンヌを演じた時のフェリシアのポートレイトが使われています。
~同上書P173

「大変見事な」と自画自賛するこの「レクイエム」は、確かに思念こもる名演奏だが、あまりの粘りに好き嫌いあり、賛否両論だろうと思う。

・モーツァルト:レクイエムニ短調K.626(フランツ・バイヤー版)
マリー・マクローリン(ソプラノI)
マリア・ユーイング(ソプラノII)
ジェリー・ハドレー(テノール)
コルネリウス・ハウプトマン(バス)
レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団&合唱団(1988.7Live)

重く引きずるように余韻を残し、終止する第14曲「ルクス・エテルナ(永遠の光)」に思わず感応する。こういう恣意的なシーンにこそバーンスタインの存在価値があるように僕は思うのだが、初リリースから30余年を経過した今も、いや、今だからこそ一層の価値、温かみが感じられるのだ。

大切なのは、どんな種類の音楽に反対する法則もあるべきではないということだ。別の言葉で言えば、ほとんどの作曲家が調性は死んだ、書かれていいのは音列音楽だけだと言っていたが、今は反対だ。音列音楽、書かれてもいいよ。書かれるべきではない理由などない。12音音楽は素晴らしい。ダダイズムも素晴らしい。すべての種類の音楽が素晴らしい。しかし、音楽の根幹であり続けている調性音楽を犠牲にはしない。
ジョナサン・コット著/山田治生訳「レナード・バーンスタイン ザ・ラスト・ロング・インタビュー」(アルファベータ)P170

存在するすべてが素晴らしいとレニーは言うのだ。
だからこそ彼の生み出す音楽はことごとく素晴らしいのだと思う。

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