
1982年のWOMAD(World of Music, Arts and Dance)は、商業的には失敗に終わった。主宰者であったピーター・ガブリエルはそれによって多大な負債を抱えたというが、それは1986年のアルバム”So” の世界的成功によって挽回されたらしい。おそらく”So”は、よりポップで売れる作品を生み出さねばという、必要に迫られての彼の決意の結果であったのだと思われる。
むずかしい部分は、こんなこともできる、あんなこともできるとわれわれが思っても、商売的な部分で現実性を意識していなくちゃいけない点です。もし、ピーターにやりたいようにやらせたら、すばらしい場所にはなるだろうけど、商売的には大損害をこうむるでしょう。
~スペンサー・ブライト著/岡山徹訳「ピーター・ガブリエル(正伝)」P414
ピーター・ガブリエルの構想するリアル・ワールド・プロジェクトを実現したアルソップがかつて語った言葉である。ピーターには、創造と想像しかないのだとみえる。
この仕事の関わり、この道の多くの人間よりずっと頭のいいピーターには、これが彼の考えている本当の世界じゃないのは分かっているはずです。彼は音楽への関わり方をもっと広い文化的な脈絡の中に置きたかったし、リアル・ワールドはそのはじめの一歩なんです。リアル・ワールドはいろいろな考え方の人間と話し、音楽から少しでも離れるチャンスを彼に与えました。でも、それがまた別の形で音楽にはねかえってくるかもしれません。
~同上書P414
30余年を経て振り返ってみると、アルソップの予想は正しかったといえる。決してポップなアーティストではないが、ピーター・ガブリエルが生み出す楽曲はいつどんなときも力があった。ピーターがこれまで映画に提供した音楽がコンピレートされた1枚を聴いて、僕は思った。彼は、自身の心を映し出す、心の琴線に触れる映画がことのほか好きで、そのために楽曲の提供は厭わないどころか、進んでやりたいという思いが強いのだということを。そしてそれは、文字通り「別の形で音楽にはねかえってきた」一つなのだと思う。
Personnel
Peter Gabriel (vocals, production, arrangement)
Paddy Moloney (vocals)
Black Dyke Mills Band (brass)
Soweto Gospel Choir (vocals)
The Worldbeaters
Atif Aslam (vocals, Urdu vocal arrangement)
“Taboo”でのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのヴォーカルの圧倒的凄まじさ。パキスタンに生まれ、その霊的な力漲る歌唱のためインドで崇敬された彼の歌は、ピーター・ガブリエルとの共同作業において一層飛翔した。あるいは、ムハンマド・アティフ・アスラムのウルドゥ語によるヴォーカルの絡む”Speak (Bol)”の慈しみの光。そして、”Down To Earth”におけるソウェト・ゴルペル・クワイアの静かなる神々の音。
概ね声量を落とし、囁くように歌うときのピーターの内から湧き上がる愛ある想念と、絶叫時の歓喜の表情がどの楽曲からも伝わるのが嬉しい。寄せ集めとは思えない統一感が何より素晴らしい。10曲すべてが何と温かいことか。
11のときにある夢を見たんだ、エンターテイナーとか歌手になるか、あるいは農業をやるか、その分かれ道に来る夢をね。その頃の夢はやたらに鮮烈でね。今はそうでもないけど。今はうつらうつらしながらよく昼間夢を見る。夜のはあんまり覚えていないんだ。だけど、歌手になろうなんて思ってもみなかったよ。だってまともに歌が歌えるなんて思っていなかったからね。小さいときは聖歌隊向きのいい声をしてると思われていたけど、ロックの歌を歌おうとしたら、そりゃあひどいもんだったね。
~同上書P51