ポゴレリッチ ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(2018.9録音)ほか

ピアノ、ピアニスト、作曲家、そのうち一つでも弱いと、永遠に残る解釈はできない。作曲家は楽譜でしか意思を伝えられないから、ピアニストが誠心誠意あらゆる努力をしなくては。
(読売新聞2019年11月28日夕刊)

イーヴォ・ポゴレリッチは、彼の言葉通り温かい人だ(それは彼のステージの様子を見ればわかる)。実際、彼の生み出す音楽は強烈だが、繊細で、人間味がある。

とても丁寧な演奏である。
しかし、「常識破り」という視点からいえば、少々物足りないようにも思う。
実に真っ当な解釈なのである。ベートーヴェンやラフマニノフの作品の素晴らしさを十分に堪能できる演奏であり、真に名演奏だとも思う。

ただし、あの人間業とは思えない、力漲る(楽器が壊れるのはないかと思われるほどの)重低音が残念ながら録音には入っていない。あるいは、奏者の心の襞すら感じさせる微妙な弱音が、その絶妙なニュアンスがやっぱりスポイルされてしまっている。

桁外れの演奏は音盤には刻印され難いのだろうと思う。
即興的に紡がれる音の魔法は、ときに起こるミスタッチすら音楽的に響かせる。ライヴの意味はそこにある。期待が大きかっただけに、僕はほんの少し失望した。

・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調作品54(2016.9録音)
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調作品78(2016.9録音)
・ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品36(1931年改訂版)(2018.9録音)
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)

ベートーヴェンの、どちらかというとメジャーではない、2つの楽章で構成された小さな(?)ソナタがあえて採り上げられたのは、次の理由からだ。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でもあまり演奏されない作品に入るこの2曲を前面に出して、それを多くの聴衆が聴けるような形にすること。ベートーヴェンの中にある創作の秘密を分析しながら、楽器の進化と共にあった彼の創作過程を明らかにしたいと思いました。
ラ・ヴァルスbyぶらあぼ

ロベルト・シューマンがことのほか愛したソナタヘ長調作品54の第1楽章テンポ・ディ・メヌエット中間部の疾風のような激しさにイーヴォの本性を垣間見る(主部は何とも愛らしい)。同じく2つの楽章で構成されるソナタ嬰ヘ長調作品78は、第1楽章アダージョ・カンタービレ―アレグロ・マ・ノン・トロッポが肝。思念を込めて紡ぐ序奏部が、ポゴレリッチ節満載で美しい。主部の可憐な音色も、ベートーヴェンの小さな作品への愛に満ちる。

彼はどんなときも「テキストに忠実に、真剣に向き合っているだけだ」という。そして、「強弱記号を逆に演奏したことは一度もない」とも。ベートーヴェンを聴いて、僕は納得する。それこそ「誠心誠意」の鑑のような演奏だろう。

ところで、ポゴレリッチは、ラフマニノフの天才性を証明したかったのだという。
同じく、作曲家、そして作品への「誠心誠意」ともいえる言葉であり、演奏が繰り広げられる(ただし、そのセンスは録音には入り切っていない)。
堂々たる第1楽章アレグロ・アジタートは、冒頭からポゴレリッチの(素直な)音。丁寧に耳を傾ければ、そこからは、実に中庸の、調和に向かう音楽が、軽々と紡がれていくのがわかる。第2楽章ノン・アレグロ―レントでの「静けさの音」が、ラフマニノフの心を照らす。同時に、僕たちの心にも慈愛の光を届けてくれる。まさに永遠の美しさ(実演の神々しさには及ばぬが)。

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