
30年代から始まってスターリンが死ぬまで、ショスタコーヴィチは逮捕と獄死の恐怖にさらされて生きていたんです。体制への忠誠心も、天賦の才能も、それを防ぐことはできなかった。詩人オーシプ・マンデリシュタームとか舞台監督フセーヴォロド・メイエルホリドの運命なども、父と同様にわかりやすい一例でしょう。
~ミハイル・アールドフ編/田中泰子・監修「カスチョールの会」訳「わが父ショスタコーヴィチ 初めて語られる大作曲家の素顔」(音楽之友社)P68
マクシムが語る父ドミトリーの素顔は鮮烈だ。
あの国のあの時代に生きて創造活動を続けていた天才の内なる声。
爆撃のような轟音を鳴らす交響曲に対して、作曲家の内面の、静かな小宇宙を照らすのが弦楽四重奏曲だ。彼の作品は、いずれも極度の集中力を要し、大いなる求心力のもとに光輝を放つ。
エマーソン弦楽四重奏団が沈黙する。いや、静かに祈る。
この、前後左右上下に揺れ動く感情の発露は、静けさの中に感じられる情感は、どれほど大きな不安と恐怖の中で生み出されたものなのかを物語る。
そして、演奏によって同時に作曲家の魂を癒すのだ。スターリンに怯えていた彼の本性は、決して独裁者に怯えることはない。何という安寧。実に美しい。