ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管 ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」(1998.12録音)

慌ただしい現実と、崇高なる創造物との印象の乖離。
最晩年のベートーヴェンの過重な精神的ストレスを知るにつけ、今でも聴き継がれる作品群の絶対的な重みを痛感する。

出版計画に、唯一積極的に反応したショット社の書簡。

たいへん喜んで私たちは私たちに提供された3つの手書き譜(弦楽四重奏曲Op.127、《ミサ・ソレムニス》Op.123、シンフォニー第9番Op.125)を受け取りますが、今回、これほど強力な版を一気に作成することは私たちには可能でありません。
(1824年3月24日付、ベートーヴェン宛)
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築3」(春秋社)P1077

結果としてこのときは、弦楽四重奏曲作品127のみがショット社から出版されることになった。大曲2つは据え置かれ、後年の出版まで待たねばならない。ベートーヴェンの苦悩よ。

ベートーヴェンはこの間、まず、ペンツィングのヨハン・ヘールという仕立屋所有の住居に、家具などを買い揃えて6月3日から9日の間に引っ越した。そこは夏を過ごすために5月1日に契約して借りておいたものだが、その支払い180グルデンは初演・再演コンサートの収益300グルデンの過半であった。しかしいろいろ不都合が出て、1ヵ月もしないうちにバーデンに移る。

彼は体調を崩してバーデンに結局11月まで滞在することになるが、その間にガリツィン侯との約束の1曲目、ショット社にもすでに提示してしまっている弦楽四重奏曲(Op.127)の創作に休み休み立ち向かった。シンフォニー第9番の版下原稿は初演に使用したものを充てることとしたが、訂正追加するべきページがいくつかあり、また《ミサ・ソレムニス》の方は改めて作成しなければならず、それをヴィーンでさせてもただちにはチェックできない状況が続いた。
~同上書P1079

漫然と作品を耳にするだけでなく、当時の様子と、作曲者の心境を視野に入れて音楽を聴く喜び。そこには自ずとリアリティが生まれる。

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」
ルート・ツィーザク(ソプラノ)
ビルギット・レンメルト(アルト)
スティーヴ・デイヴィスリム(テノール)
デトレフ・ロート(バス)
スイス室内合唱団(フリッツ・ネフ合唱指揮)
デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(1998.12.12&14録音)

今では定番となっているベーレンライター版による(モダン楽器オーケストラ)初録音ということでもてはやされたジンマン盤も、実際は楽譜通りとはいえず、ジンマン独自の解釈を施したブライトコプフ版との折衷版(?)だったというオチがある中、最後に収録されたこの交響曲第9番に限ってはほぼ楽譜に忠実に再現していることで逆に有名になった。
以前は違和感しかなかった耳もだいぶ慣れ、今の僕の耳には鮮烈に、そして、意味深く聞こえるシーンが多発する。

どの楽章もいかにもテンポは快速で、しかしその、残像を引きずることのない斬新な音にむしろベートーヴェンによって託された未来への希望を思う。
ちなみに、この音盤には、ベートーヴェンの自筆譜には書かれているという終楽章第747小節目(”Bruder”という単語の直前)の前のゲネラル・パウゼ入りのものも別途収録されている。

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