久しぶりのジャクリーヌ・デュ・プレ。
生きていたら76歳なのだそう。まだまだ現役でチェロを弾いていてもおかしくない年齢であることに驚かされる。
僕は何十年も前、初めてエドワード・エルガーのチェロ協奏曲をジャクリーヌ・デュ・プレの演奏で聴いたとき、度肝を抜かれ、その激しい表現に心が震えた。その印象は、たった今も変わることがない。第1楽章冒頭の嘆きのチェロ独奏は、いまだに彼女の演奏を超えるものはないと断言できる。
言葉にするのが馬鹿馬鹿しくなるほど、彼女の弾くエルガーは凄い。
とにかく聴いて、体感していただくしか方法がないのだ。
それは、まさに真理といえる再現なのである。評論家が、好事家がどれほど言葉の限りを尽くしても無理だ。
仮に言葉にするなら激情と静寂の交差。
これほど人間的な、それゆえに音楽的な演奏は他には見当たらない。
僕の座右の音盤。
ハッピー・バースデイ、ジャッキー!
ピアスの回想
1965年8月19日、ジャッキーはEMIとの契約で、ジョン・バルビローリ卿の指揮でロンドン交響楽団とエルガーのチェロ協奏曲をキングスウェイ・ホールでレコーディングした。
レコーディングに際しては、3回のセッションが予定された。レコーディングを終えて夕方帰宅したジャッキーは大いに興奮していた。
「どうだった?」
ジャッキーがドアから飛びこむなり、僕は尋ねた。
「驚くほどのできばえ・・・と、これはプロデューサーの台詞だけどね。そのプロデューサーだけど、なぜ30分しかかからなかったのか、わからなかったみたい。彼、早く終わったのは私のおかげだと思ったらしく、お礼ばかり言ってたわ。おまけに、『オーケストラを2日間も予約してしまった』って悔しがってたわ」
「何か間違いがあったの?」僕は尋ねた。
「なんにもないわ、バカね。その協奏曲はもともと30分の曲なの」
こんな会話から、僕はエルガーが全楽章通しでレコーディングされたものとばかり思っていた。だが、実際はジャッキーの話とはかなり違っていたようだ。後で調べてみると、レコーディングには最初の2楽章が午前、後の2楽章が午後と、2セッションが費やされている。各楽章は通しで演奏され、テイク数は全体で37回で、使えるものは第1楽章は7、第2楽章は6、第3楽章は4、第4楽章は7だった。5回スタートミスがあった以外は、現存するテイクはつなぎあわせたものからなっている。
~ヒラリー・デュ・プレ/ピアス・デュ・プレ著/高月園子訳「風のジャクリーヌ—ある真実の物語」(ショパン)P220-221
ある種誇張癖なのか、妄想癖がついているのか、デュ・プレの言動はやはりどこかおかしいが、本人にとってもそれだけ会心の出来だったのだろうと想像する。