テバルディ ベルゴンツィ シミオナート カラヤン指揮ウィーン・フィル ヴェルディ 歌劇「アイーダ」(1959.9録音)

プルーストのように、自分一人のために弦楽四重奏団を雇って演奏させるほど裕福な人は、めったにいるものではない。しかし、誰もいない所で一人きりで音楽を体験したいという人には、まだ確立されて日が浅く、それが作曲・演奏に与える影響も最終的な評価も定まっていないが、また別の手立てがある。現代の発明は、聴き手が他人の反応に影響されることもなく、周りをいっさい気にせず自分が選んだ音楽に集中して、完全に一人きりで音楽を享受することを可能にした。
アンソニー・ストー著/佐藤由紀・大沢忠雄・黒川孝文訳「音楽する精神—人はなぜ音楽を聴くのか?」(白揚社)P173

「音楽を一人きりで聴くこと」の是非をここでは問うつもりはないのだけれど、むしろ「一人きりで聴くこと」には長所ばかりだと断言することすら可能かもしれない(もちろん人間関係、コミュニケーションという観点からは短所、問題もあろうが)。

昨今では予算の都合でライヴ録音が主流になってしまったが、かつては相当の時間とお金をかけ、音盤が制作されていた。文字通り「レコード芸術」というジャンルが持て囃された、そんな時代。少なくともコンパクト・ディスクなるものが出現する前の音楽業界にあっては豪華なキャストを確保して、実演では表現できないような、まさにスペクタクルな録音が創造されていた。そして、音楽(音盤)愛好家たちはそれを完全に一人きりで享受することを謳歌していたのである(少なくとも僕はそうだった)。

例えば、デッカの名プロデューサーであるジョン・カルショーの仕事。
カラヤン指揮ウィーン・フィルによるヴェルディの歌劇「アイーダ」にまつわるエピソードが興味深い。

《アイーダ》はゾフィエンザールで録音される最初のイタリア・オペラであり、オペラやそれに類する音楽としては、前年の《ラインの黄金》以後に録音する最初の作品だった。失敗は許されなかった。
幸いなことに、メイン・ホールに隣接するいくつかの小ホールを使用することで、ヴェルディの遠近法を再現するのに必要な手段が整った。それは第1幕第2場での舞台裏の巫女と合唱、第2幕第1場での舞台裏の大規模な合唱、そして何よりも、第4幕の裁判の場面で用いられる、舞台裏の楽器群と合唱に必要なものだった。
カラヤンは、こんなにも入念に計画された録音に参加したことがなかった。そして彼は、情熱を持ってそれに応えた。ヘッドフォンをつけて指揮することさえ拒まなかったのだ。

ジョン・カルショー著/山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想」(学研)P304

録音時の裏話は、アルバムやスリーヴの詳細に至るまでどうするかの駆け引きさえあったようだから、一つのレコードを完成させるのにどれだけ時間と労力が費やされたのかが明らかだ。それほどに「音楽」はビジネスとしても重要なツールだったのである。

デッカの全部門が、私たちとカラヤンによる最初のオペラ録音でクリスマス商戦を戦いたいと熱望していた。そのため、最後のセッションが終わるとすぐに編集作業が開始された。
~同上書P307

果たしてリリースされたその録音は、リリースから60余年を経ても色褪せない普遍的なものだ。カラヤンの生み出す音楽はもちろんのこと、レナータ・テバルディをはじめとした歌手陣の素晴らしさ。そして、何よりカルショーの創造した(一人きりで享受することを前提とした?)音響空間の凄さ。

・ヴェルディ:歌劇「アイーダ」
フェルナンド・コレナ(エジプト王、バス)
ジュリエッタ・シミオナート(アムネリス、メゾソプラノ)
レナータ・テバルディ(アイーダ、ソプラノ)
カルロ・ベルゴンツィ(ラダメス、テノール)
アーノルド・ヴァン・ミル(ランフィス、バス)
コーネル・マックニール(アモナスロ、バリトン)
ピエロ・デ・パルマ(エジプト王の使者、テノール)
エウゲニア・ラッティ(尼僧、ソプラノ)他
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮:ラインホルト・シュミット)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1959.9録音)

「今となってはオペラは映像で」という意見もあろうが、音だけで楽しめるオペラ録音の最右翼がカラヤン指揮ウィーン・フィルの「アイーダ」だろうと僕は思う。これほど想像力を掻き立てる、音だけだからこその熱量を感じさせる音盤はなかなかない。ヴェルディの音楽の力強さが明確に伝わる演奏の妙と、録音に関わるすべての人の思い(愛情)のこもる再現に感動すら覚えるほど。幕が進行するにつれ、音楽はいよいよ狂気を発する。それは、あまりに人間的な、愛憎含めた果敢なドラマだ。
名演奏の名録音。

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