クレンペラー指揮フィルハーモニア管 ワーグナー ジークフリートの葬送行進曲(1960.2.27録音)ほか

何事も舞台裏が興味深い。
そこには人間臭い駆け引きがあり、良くも悪くもドラマがある。まさに陰陽相対世界の緊張と弛緩のドラマがある。

1960年頃、英国のレコード業界を牽引していたのはデッカとEMIだった。比較的年齢の若いデッカ・チームの面々は、有名アーティストに対して物怖じすることがなく、そのことが業務に有利に働いたという(以前の世代からすると同世代あるいは年長の音楽家たちは神聖不可侵の存在だった)。

また、EMIの首席プロデューサー、ウォルター・レッグもまるで違ったやりかただった。レッグは鉄拳でセッションを支配し、そのためにひどく人気がなかった。彼は私たちが羨望するレコードを何枚も何枚もつくったが、方法はまったく正反対だった。レッグはエンジニアたちとは人づき合いしなかったし、私たちがしょっちゅうやったように、彼らの機材を運ぶのを手伝ったりなど、絶対にしなかったろう。
それは、民主的方法と対立する独裁主義だった。結局はどちらも、それぞれ別の欠陥によって崩壊することになった。もし当時その欠陥に気がついていれば、修正は可能だったはずだと、私は信じているが。

ジョン・カルショー著/山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想」(学研)P249

ジョン・カルショーの回想は、実に客観的だ。組織をまとめる手法は多種様々だが、「絶対」という術はない。

レッグは「音楽家ヘッドハンター」としての優れた手腕で知られ、フルトヴェングラーやカラヤンが戦後のキャリアを重ねていくのを手助けした人物だ。1959年、クレンペラーはフィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者になった。
E・ヴァイスヴァイラー著/明石政紀訳「オットー・クレンペラー―あるユダヤ系ドイツ人の音楽家人生」(みすず書房)P204

ウォルター・レッグの関わったクレンペラーの録音群の素晴らしさ(何度も書くが)。
娘ロッテの回想には次のようにある。

とくにEMIのせいなんです。(・・・)EMIはもちろん売れるものを出したがりましたからね。ひょっとすると父が20歳ほど若ければ、そういうもの(現代音楽)もやらせてもらえたかもしれない。でも父は、もう相当な歳になっていましたからね。それでまず普通の古典的なレパートリーをやることになったんです。どうしてあそこまでたくさん録音することになったかという理由のひとつは(・・・)もちろんお金です。父はレコードの仕事はあまりやりたがらなかったけれど、それで生計を立てていけるという意味があったんです。父はもう年寄りで、ひとりでは演奏旅行には行けず、ヨーロッパに帰ってきたときには頼れるものもなかったし、何度も病気をし、災難つづきで、要するにそれは再スタートだったんです。それも60をとっくに過ぎてからの再スタートだったんです。そんなとき、レコードは(・・・)一種の救いだったんです。
~同上書P205

真相が何であれ、また理由が何であれ、オットー・クレンペラー晩年の録音が多数残されたことは、人類にとって大きな財産であることに違いない。一見愚鈍に思える解釈もあるが、外面でなく、内側を具に見つめる方法で音楽に触れたとき、すべてに意味があり、また価値があり、必然であることがわかる。リヒャルト・ワーグナーの管弦楽曲集から1枚を聴く。

ワーグナー:
・歌劇「さまよえるオランダ人」序曲(1960.2.24&25録音)
・楽劇「ラインの黄金」第4場「ワルハラ場への神々の入場」(1961.10.24録音)
・楽劇「ワルキューレ」第3幕「ワルキューレの騎行」(1960.3.10録音)
・ジークフリート牧歌(1961.4.25&10.25録音)
・楽劇「ジークフリート」第2幕「森のささやき」(1961.10.24&11.13録音)
・楽劇「神々の黄昏」序幕「ジークフリートのラインへの旅」(1961.11.22録音)
・楽劇「神々の黄昏」第3幕「ジークフリートの葬送行進曲」(1960.2.27録音)
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲とイゾルデの愛の死(1960.3.1-3録音)
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団

1964年に二人は決裂するとはいえ、ウォルター・レッグあってのクレンペラーだ。

クレンペラーのワーグナーの音調は、一貫して暗い。しかし、内なるデモーニッシュな力は妙に冷徹で、聴く者の心をあっという間に虜にする。それは、ワーグナーのいわゆる毒の餌食になるということであり、ひと度その真髄をつかむと離れることのできない呪縛にとらわれてしまうのだ。
中でも、「ニーベルングの指環」からの諸曲はいずれも一世一代の名演奏だと思う。

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