
僕たちはどこから来て、そしてどこへ往くのか?
生と死の問題を解決する術のなかった時代においては、誰もが見えないその恐怖に慄いた。いや、現代においてすら縁がなければ出逢うことのできない(かつての高僧は誰もが求めていた)その方法を知らなければ、そして理解できなければ、結局僕たちはいつもどこかに不安を抱え、恐れを抱くのだ。生きることは美しい。全うしての死というものは実は賛美でもある。
世紀末、グスタフ・マーラーは死の恐怖に脅え、生の不安にいつも苛まれていたのだという。もちろんそのことこそが創造の源泉であることに違いない。だからこそ今も僕たちが享受できる彼の音楽が生き生きと目の前にあるのである。
マーラーの音楽はつねに死の恐れに鋭敏に反応する。それは彼のきょうだいの死によっても増幅される。彼のきょうだいは全部で12人いたが、そのうちの6人は幼児期または少年期に死んでいる。当時に乳幼児の死亡率は今日に比べればきわめて高く、死は日常的な出来事だったとはいえ、少年グスタフにとってはとくにすぐ下の弟エルンストの死はたいへんなショックだった。
(喜多尾道冬「ユダヤ遊民のコスモポリタニズムと『不安』—マーラー評伝」
~キーワード事典編集部編 作曲家再発見シリーズ「マーラー」(洋泉社)P96-97
余計な、ネガティブな想念から自身を解放すべく、彼の志向は大自然に向いた。その発露がおそらく交響曲第3番ニ短調だった。
彼の生の不安はまた両親のたえざる喧嘩からもかき立てられた。それは彼の幼年期のきわめて有名で重要なエピソードのひとつをなす。彼の母は病弱だったが、専制君主のようにふるまう父はことあるごとに妻に辛くあたった。グスタフは母が父に殴られて泣き叫ぶと、いたたまれなくなって家の外へ飛び出す。するとおもてでは手回しオルガンの陽気で浮薄なメロディが聞こえてくるのだった。悲鳴とこの陽気な音楽との対照!
~同上書P97
あるいは、生の不安を解消すべく、彼の志向は同時に大宇宙の鳴動を音化することに向いた。これ以上ないというくらいの大編成の管弦楽、合唱を伴う大交響曲の創造へと自ずと向いていったのである。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団による交響曲第8番変ホ長調。この、言語を絶する壮大な音楽こそ(ある意味)マーラーの思想の帰着点だ。第1部において彼は創造主を讃える。その音楽はどこまでも煌びやかで、軽快で、陽気だ。
そして、ゲーテの「ファウスト」第2部終幕をテクストにしての第2部は、(多少の大袈裟さは否めないものの)マーラーの生み出した音楽の中でも最高の愉悦と官能を秘める。まさに生への讃歌であり、それは愛だ、喜びだ、慈しみだ、良心だ、真理だ。
シャイーの、無駄を排除し、ひたすら音楽に没入してマーラーの音楽を再生しようとする姿勢に心動く。何よりオーケストラが巧い。このふくよかな、立体感のある音響はいかばかりか。そして、そこに紐づくような各々の歌手の血の通う飛び切りの歌!
理想の音盤の一つだ。
ちょうど私の《第八》が完成したところです。—これは今まで作曲した内で最大のものです。また内容も形式もあまりに独特のもので、ちょっとそれについて手紙に記すことができないほどです。—ご想像いただきたいが、宇宙が音を立てて、鳴り響き始めるのです。もはや人間の声ではありません。公転する惑星の、太陽の、声なのです。—詳細はお会いして直に。
(1906年8月18日郵便消印、ヴィレム・メンゲルベルク宛)
~ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P326-327
何という音楽を創造してしまったのだろう。この手紙の背後から聴こえるのは、マーラー自身のそんな驚きの声であり、また歓喜だろうと思う。