シュヴァルツコップ ヘフゲン ヘフリガー エーデルマン カラヤン指揮フィルハーモニア管 ベートーヴェン 交響曲第9番(1955.7録音)

1823年のベートーヴェン。
交響曲第9番作曲進捗にまつわる書簡のやり取り、または会話帖には、当時のベートーヴェンの心境、あるいは思考の片鱗が垣間見える。

シンフォニー(Sy.9)はまだ完成していません、それには私はあと14日だけ必要で、そうしたら私はそれをただちに送るでしょう。
(1823年3月22日付、フェルディナント・リース宛)
大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P419

言い逃れなのか、単に自身への言い聞かせなのか、「あと14日」という期限がこの後の書簡にもしばしば出てくる点が面白い(なぜ2週間なのだろう?)。

枢機卿(ルドルフ大公)の当地4週間の滞在が、それによって私は毎日2時間半、いや3時間レッスンをしなければならず、私から多大な時間を奪うのです。というのはそういうレッスンだと翌日はほとんど考えることができず、ほんのわずかしか書けないのです。
(1823年4月25日付、フェルディナント・リース宛)
~同上書P421

遅々として進まない筆に対する焦りといら立ち。人間ベートーヴェンの日常はまるで僕たちと同じようだ。

シンフォニー(Sy.9)のスコアはここ何日かでコピストによって完成されます。
(1823年9月5日付、フェルディナント・リース宛)
~同上書P427

ここまで言い訳がましく示すのには、それだけ周囲の期待が大きかったことをうかがわせる。人類の至宝が生まれるのにそれほどの時間と労力が必要だったのだ。

その上で、12月27日の会話帖には、官報第296からの抜き書きがあり、「(重要)」と論評していることが興味深い。

ヴァイトリンガー、皇国上級宮廷トランペット奏者、クラッペン・トランペットおよびクラッペン・ホルン制作者(重要)。
~同上書P431

大崎さんは「交響曲第9番第3楽章第4ホルンのパートにヴァルヴ・ホルンを使用するきっかけかもしれない」と推測されている。ということは、この時点でベートーヴェンは第9番の推敲を重ねていたことになる。

翌1824年のベートーヴェン。世間は新たな大交響曲の登場を待ちに待っていた。

リースが書いてきました、彼があなたのシンフォニーを待ち焦がれていますよ。
(1824年1月18日頃、甥カールとの会話帖)
~同上書P433

当時21歳であり、第9番初演のアルトを担当したウンガーの忠告も素敵だ。

あなたは自信がなさ過ぎです、いったい全世界の尊敬はあなたをもう少し誇らしくさせなかったのでしょうか。誰が異議を唱えているのですか。あなたは信じよう、知ろうとなさらない、あなたをまた新しい作品で崇拝したい、と待ち望まれていることを。ああ、なんて頑固な方!
(1824年1月29日以降31日以前(たぶん30日)会話帖でのカロリーネ・ウンガーによる記述)
~同上書P435

その後の出版までの紆余曲折、そして、初演に向けての関係者とのやりとりなど、楽聖の交響曲第9番との闘争(?)は終わりを知らない。

ちなみに、1824年2月末のウィーンの芸術愛好の士30人からの「要望書」には次のようにある。

私たちはあなたの輝かしい前人未到のシンフォニー群の栄冠に新たなる華が輝いているということを知っています。
あなたの最新の創造物(複数)の刻印を、まずはあなたご自身によって・・・知らしめるという喜びによって、高らかになさって下さい。

~同上書P436

難産の果てに生れ出た交響曲第9番は、当時から前衛的、革新的な作品であり、何よりウィーンで初演されることを外部の多くが所望していたことがわかる。そして、1824年5月7日、ケルンテン門劇場にて待望の初演が行われる。

当時はもちろん作品番号は未定だったが、実に恐るべき重いプログラム内容である。果たして当時の聴衆に歓迎されたのか? 
それからほぼ200年。暗澹たる現代の世界は、あらゆる国、地域で「第九」に沸く。

2種の名盤を久しぶりに聴いた。
カラヤンがフィルハーモニア管弦楽団と録音した傑作のモノラル・ヴァージョンと、新たにリリースされた未発表のステレオ・ヴァージョン。かつて僕はこの全集を評し、そしてこの第九を評し、モノラル盤の方に軍配を上げた。時間の経過とともに志向も変わる。そして、その頃と聴く場所も変わった。環境が完成に与える影響は大きい。

ベートーヴェン:
・劇音楽「エグモント」序曲作品84(1953.6.20&7.15録音)
・交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」(1955.7.24-29録音)
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
マルガ・ヘフゲン(コントラルト)
エルンスト・ヘフリガー(テノール)
オットー・エーデルマン(バス)
ウィーン楽友協会合唱団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団

第1楽章冒頭の、宇宙の開闢たるカオスの原型の表象から信念の明確な音楽が鳴り響く。このアレグロ・マ・ノン・トロッポ,ウン・ポコ・マエストーソは後のどんな演奏をも凌駕する若きカラヤンの可能性が大いに発揮されたものだ(その後幾度か彼は再録音を繰り返すが、個人的にはこの最初の録音がベストであるように思う。何よりティンパニのアタックが素晴らしい)。
続く、第2楽章スケルツォ(モルト・ヴィヴァーチェ)の冷たい灼熱! 推進力抜群の、夢中でありながら決して踏み外しのない魔法(トリオのデニス・ブレインによる妙なるホルン!)。そして、第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレ—アンダンテ・モデラートの颯爽たる官能に感激する(すっきりしながら思念のこもる表現は当時のカラヤンの成せる業。ここでもデニス・ブレインのホルンが美しい)。たぶん、バイロイト音楽祭でフルトヴェングラーの伝説の第九を録音したウォルター・レッグは、そのときの興奮をあらためて正規録音で刻印すべく、急逝したフルトヴェングラーの代わりにカラヤンを起用し、新時代のベートーヴェンを世に知らしめんとして準備万端、最良の計画を練ってベートーヴェン・ツィクルスを完遂したのだろうと想像する。
極めつけは終楽章!!
文字通り「歓喜」の瞬間が多発する、堂々たる、そして迫真の名演奏。

今、あらためて聴いてみたとき、ステレオ・ヴァージョンも満更ではない。
むしろ打楽器の鳴りや弦楽器の美しさはステレオ・ヴァージョンの方が優れているように思う。
(モノラル付録の「エグモント」序曲がまた素晴らしい!)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン253回目の生誕日に。

過去記事(2015年7月12日)


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