マタチッチ指揮NHK響 ブルックナー 交響曲第8番(1975.11.26Live)

音楽の良し悪しにもちろん技術は影響するが、仮に技術に多少の瑕があったとしても圧倒的感動を巻き起こす演奏というものがある。真の巨匠が真の音楽を真に迫って演奏したときの解放と快感。これぞ音を楽しむ醍醐味だと僕は思う。

最後の来日公演(1984年)での演奏が圧倒的だったこともあり、マタチッチのブルックナーは神格化されている。確かに巨匠のブルックナーは人後に落ちない、ブルックナーの本質からギリギリ踏み外すことのない、冒険心たっぷりでありながら堂々たる風趣を醸すものだ。

1975年11月26日は、NHKホールでの交響曲第8番。テンポの伸縮ありながら、何と安定したブルックナーであることよ。おそらく彼が最も脂がのっていたであろう時期の最高のパフォーマンスの一つ。例によってオーケストラの多少の瑕など何のその、金管群の咆哮も、弦楽器群のうねりも、打楽器の強力な轟きも、すべてがブルックナーの理想の中にある。楽章を追う毎にその真価が発揮され、第3楽章アダージョのクライマックスなどは興奮の極みであり(あるいはコーダの安息)、これぞマタチッチの本懐であろう。

・ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版第2稿)
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮NHK交響楽団(1975.11.26Live)

もちろん、前のめりの終楽章にも僕は快哉を叫ぶ。コーダ直前の、第3主題のフーガ的展開の静謐な美しさと絶妙な加速、また、全楽章の主題が混然一体となるコーダの(地から湧き上がる)宇宙的鳴動!!おそらく実演を耳にした聴衆はぶっ飛んだのではなかろうか、それほどの気迫と音響に満ちる絶品だと思う(相変わらず聴衆の拍手喝采と絶叫がすごい)。

二人は同じ料理屋で何度も遭遇しているが、会話といえば日常的なことや好物のことばかりで、時たまブルックナーが相手をわきまえずにハンスリックのことを嘆いても、ブラームスは慇懃に応対するだけだった。インテリ然として無愛想なブラームスに比べると、ブルックナーはビールをカウンターから持ってきてあげたりするなど、まるでお人善しの田舎者のごとくだった。ただ「第8」の初演後のある日のこと、曲の感想を求められたブラームスが「ブルックナーさん、あなたの交響曲は私にはわかりません」と言った時、ブルックナーはこう答えたという。「私もあなたの交響曲について全く同感です」両者の間の不幸な溝は、93年3月に演奏会場での初演が行われた「ヘ短調ミサ曲」をブラームスが激賞した際、若干埋まるかに思われたが、しこりはとうとう解消されなかった。
土田英三郎著「カラー版作曲家の生涯 ブルックナー」(新潮文庫)P159-161

売り言葉に買い言葉。ブラームスともあろうものがブルックナーの作品がわからなかったわけではなかろう。これは、シャイで高慢なブラームスの咄嗟に出た誤魔化しにすぎないように僕は思う。同様にブルックナーにもブラームスの音楽がわからなかったはずがない。両者の作品はまったく性格を異にするにせよ、いずれも素晴らしい。

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