カラヤンのマーラー

僕がマーラーの第4交響曲を初めて聴いたのは高校生の頃、FM放送にて。忘れもしない、エディット・マティスをソプラノに迎えての、カラヤン&ベルリン・フィルのどこかの音楽祭からの音源。はっきり記憶しているのは、カラヤンの振り間違えが原因で、クラリネットだかフルートだかが1小節ほど早く出てしまう箇所があったということくらい。正直演奏の細かいところも音楽そのものもまったく覚えていないが、この演奏によりかのシンフォニーに愛着を感じるようになったのだから、カラヤンのマーラー演奏というのはある意味僕の原点であるともいえる。

ほとんど聴くことなくほこりをかぶっていたカラヤンのマーラー。これまでの聴き方を反省し、360度の観点から音楽を聴いてみようという気持ちになってからカラヤンの録音をより真面目に捉えることができるようになった。いわゆるマーラーっぽくない(マーラーっぽくないという概念がそもそもどういうこと?って問われそうだが)、楽器のバランスも歌い方も今となっては非常に興味深い(聴いたことのない面白さ)演奏は、繰り返し耳にすることにより実に味わい深くなる。例えば、例の第4楽章アダージェットなど、明らかにルキノ・ヴィスコンティ監督の映画の影響を受けているのではないかと思わせる耽美的かつ高踏的な解釈。他の楽章についても、(以前なら気持ち悪いと感じていた)洗練された美しさが全面に打ち出され、1時間数十分をあっという間に聴かせてくれる。

マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

アルマへの憧れ、愛の表現。少しばかり、というか恣意的な表現が多出する演奏だが、それゆえにエゴイスト、グスタフ・マーラーの人間性をそのままに表せているように思えてならない。それにしても、カラヤンの演奏をじっくり聴いていると、アルマへのラブレターというのは第4楽章アダージェットに限ったことのように思えてくる。先日も話題になったが、前の彼女であったアンナ・フォン・ミルデンブルクとの関係を清算したいという思いから書き始めた音楽に、アルマへの恋心を示すものが少しだけ混じったような・・・。それくらい第4楽章と他楽章の響き(造り)が異なる演奏。

気がつけば水無月。ここ数日涼しい、というより寒いくらい。雨も多く、逆に体調を壊している人が多いように思う。
ところで、愛知とし子のセカンド・アルバム「月光浴」がようやくネット上で配信されるようになった。よりたくさんの方に聴いていただきたいと願う。

iTune
mumix
◆musicmanstore

4 COMMENTS

雅之

おはようございます。

今回は、「ONTOMO MOOK 究極のオーケストラ超名曲 徹底解剖66 」
http://www.amazon.co.jp/ONTOMO-MOOK-%E7%A9%B6%E6%A5%B5%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E8%B6%85%E5%90%8D%E6%9B%B2-%E5%BE%B9%E5%BA%95%E8%A7%A3%E5%89%9666-%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E8%8A%B8%E8%A1%93/dp/4276961947/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1306189233&sr=1-1
の、マーラー:交響曲第5番についての金子建志氏の解説(124~127ページ)をお読みになっていることを前提としてコメントします。

第4楽章〈アダージェット〉で、なぜアルマは、マーラー自筆譜の旋律線「ファーソーラ」を、彼女の浄書スコアにおいて「ファーシーラ」(我々が今日聴く旋律線)に修正したのか?

ピンと来ました!!
〈アダージェット〉の原形や自筆譜の旋律線「ファーソーラ」が、ワーグナーがマティルデのために書いた《ヴェーゼンドンク歌曲集》の第3曲〈温室にて〉であり、《トリスタンとイゾルデ》の「愛の動機」であるならば・・・。

※参考CD
フラグスタート・リサイタルVol.3(ワーグナー:オペラ・アリア集、ヴェーゼンドンク歌曲集、マーラー:歌曲集)(2CD)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3660159

>前の彼女であったアンナ・フォン・ミルデンブルクとの関係を清算したいという思いから書き始めた音楽

では、「元カノ」ソプラノ歌手、アンナ・フォン・ミルデンブルクって?
http://matsumo.gozaru.jp/music/page6co.htm
上のサイトの、イゾルデの扮装とか、ブリュンヒルデの扮装とかの写真を見るだけで、大変優れたなワーグナー歌手だったことがわかります。きっと《ヴェーゼンドンク歌曲集》も歌ったことでしょう。

マーラーが〈アダージェット〉の自筆譜を、《ヴェーゼンドンク歌曲集》の第3曲〈温室にて〉や《トリスタンとイゾルデ》の「愛の動機」を意識して「アルマへ愛を告白する暗号」として書き進める過程では、まだ何パーセントかはアンナ・フォン・ミルデンブルクへの思い(未練)を絶ち切れずにいたのではないか?
あるいは深層心理では「元カノ」によるワーグナー名唱の残像があったのではないか?
アルマは鋭い女の勘でそれを見抜き、旋律線をワーグナーから(「元カノ」の美声の記憶から)、少しでも遠いものに改変したくなったのではないでしょうか?

>カラヤンの振り間違えが原因で、クラリネットだかフルートだかが1小節ほど早く出てしまう箇所があった

カラヤン&ベルリン・フィルによるマーラー第4交響曲のライヴについては、確かに大昔、そういう録音がNHK-FMで放送されて話題になったことがありましたね。その時の解説も金子建志氏だったと記憶しています。
ご紹介のカラヤン&ベルリン・フィルによるマーラー第5交響曲も名演ですね。

しかし、
この曲を作曲していた1901年秋にマーラーはアルマと出会い、翌02年3月10日(アルマの回想録では9日)に結婚したのですが、翌日にはマーラーの妹ユスティーネも、ウィーン・フィルのコンサートマスターだったアルノルト・ロゼーと結婚しているという事実があり、そういう史実に想いを馳せるなら、やっぱりこの曲のオケはウィーン・フィルが適任かなあと思っちゃいますね(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>まだ何パーセントかはアンナ・フォン・ミルデンブルクへの思い(未練)を絶ち切れずにいたのではないか?
あるいは深層心理では「元カノ」によるワーグナー名唱の残像があったのではないか?
アルマは鋭い女の勘でそれを見抜き、旋律線をワーグナーから(「元カノ」の美声の記憶から)、少しでも遠いものに改変したくなったのではないでしょうか?

おー、この推論は極めて真実味があります。さすがは雅之さん、素晴らしい!!
少なくともその改変をマーラー自身が肯定しているということは、アダージェットはグスタフとアルマの共作となりますね。いやあ、少しずつ謎が解けていきます。ありがとうございます。

>その時の解説も金子建志氏だったと記憶しています。
HMVのレビューでは黒田恭一氏と書いてますが、どうだったんでしょう?記憶が曖昧です。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/140260
それにしてもテープの一切を処分したことが返す返すも悔やまれます。

>妹ユスティーネも、ウィーン・フィルのコンサートマスターだったアルノルト・ロゼーと結婚しているという事実があり、そういう史実に想いを馳せるなら、やっぱりこの曲のオケはウィーン・フィルが適任かなあ

そうでした!晩年にバーンスタインがマーラー縁のオケとツィクルスを敢行し、第5番がウィーン・フィルだったことには意味があるんでしょうね。勉強になります。

返信する
アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive » 小休止

[…] ここのところの19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパ音楽界の話から、またもやマーラーにするか、それともワーグナーにするか、いやいやリヒャルト・シュトラウスにするかいろいろと思案して、20年前にリリースされたウィーン・フィル創立150年記念ボックスから60年代にカール・ベームが指揮した録音を取り出した。69年のシェーンベルク「ペレアスとメリザンド」、そして63年のシュトラウスの「死と変容」が収録されているが、いかんせんシェーンベルクに関してはまったくもって勉強不足。マーラーが第5交響曲を初演した同じ頃にツェムリンスキーの「人魚姫」と同時に初演されたことは先日も書いた。たまたまベーム指揮によるこの作品の録音があることを思い出して1回通したものの・・・。このあたりの音楽は、ともかく聴き込みが足りないとまったくもって「豚に真珠」、「猫に小判」状態になる。ましてや少々疲れている状態で「ながら」で聴いて、何かを云々する軽い作品でもないから、今日のところは少し気分転換ということで耳にやさしいものを採り上げることにした。真夜中に聴くのにぴったりの音楽。 […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む