Brad Mehldau E minor / E major (2015)

ブラッド・メルドーは語る。
ホ長調とホ短調は互いに並置する性質を持つ。ある時はとても明確なコントラストを描くのに、その癖、実にしばしば溶け合うと。

そんな彼が、いくつかのコンサートで採り上げたホ長調とホ短調の作品を一つのディスクにまとめている。それは、相対の世界を描き、同時に一体の、つまり絶対の世界を描写する如く、本当に一つの素晴らしい世界を創出している。実に興味深い。

・Brad Mehldau:E minor / E major

Personnel
Brad Mehldau (piano)

メルドーは思索の人だ。ピアノの詩人だと言っても良い。

“La Mémoire et la Mer” (Leo Ferré) (2011.9.10Live)
フランスの歌手レオ・フェレの名曲(フォン・オッターとのアルバム”Love Songs”には「時の流れに」が収録される)をメルドーは、実に感傷的に、即興を織り交ぜ響かせる。(演奏の最後にはハ短調に落ち着く)孤独かつ高尚なその音楽は、僕の心を捉えて離さない。音楽は、ハ短調からホ長調へと移り行く。

“Bitter Sweet Symphony / Waterloo Sunset” (Richard Ashcroft / Keith Richards / Mick Jagger) (2011.3.29Live)
何と彼はここでブラームスの交響曲第1番を引き合いに出す。ハ短調の第1楽章ウン・ポコ・ソステヌート—アレグロからホ長調の第2楽章アンダンテ・ソステヌートへの移り変わりこそ、メルドーが目指す劇的効果の一つであり、そこに彼は官能を感じるのだと言うのだ。しかも、ストーンズの名曲が錯綜し、音楽に一層の神秘をもたらす。その官能を引きずったまま、いよいよ音楽は次のブラームスへと引き継がれる。

“Intermezzo in E minor, Op.119-2” (Johannes Brahms) (2011.3.25Live)
最晩年のブラームスの、厳格なピアノ小品が、即興的に実に柔らかく表現される様子に言葉がない。メルドーにとってブラームスの作品にあるのはやはり官能だという。こんなブラームスは聴いたことがなかった。グレン・グールドの名盤に匹敵する美しさよ。続いて、18分近くに及ぶブルース・ロックンロール。

“Interstate Love Song” (Eric Krets / Robert DeLeo / Scott Weiland / Dean DeLeo) (2014.3.10Live)
オルタナティヴ・ロック・バンド、ストーン・テンプル・パイロッツのセカンド・アルバム「パープル」からの1曲をメルドーは自由に解体し、自在に拡張する。光と翳が明滅する音の背景に僕は思わずのけ反る。次の”Hey You”から”God Only Knows”にかけてはこの音盤のクライマックスになろう。

“Hey You” (Roger Waters) (2011.9.18Live)
“God Only Knows” (Brian Wilson / Tony Asher) (2011.6.9Live)

メルドーが最初に手に入れたレコードがピンク・フロイドの「ザ・ウォール」だったというのだから驚きだ(それは10歳の誕生日プレゼントだったらしい)。そして、極めつけはほとんど原曲の色を感じさせない、ブライアン・ウィルソン屈指の名作”God Only Knows”。何とここでは、ブラームスの交響曲第4番終楽章パッサカリアの方法を取り入れているのである。ましてやワーグナーの「イゾルデの愛の死」にもインスパイされての編曲だというのだから堪らない(フォーレやリストの影響下にもある)。

ピアノの弾き方については門外漢だから、表現が的確かどうか分からないが、耳に聴こえるところに従えば、メルドーは通常のピアニストたちが打鍵したときに出る「響き」を消している。ピアノという楽器(肉体)の「鳴り」を抑えていると言ってもよいかもしれない。ペダルによるものなのか、あるいは鍵盤の押さえ方の問題なのか、ピアノの専門家に訊ねてみるしかないが、とにかく「共鳴」したり、打って「振動」したりする感じが少ない。音がフラット(平)に感じられ、ある「重さ」を伴って沈むように降って来る。
牧野直也著「リマリックのブラッド・メルドー」(アルテス・パブリッシング)P66

牧野さんの聴き方が面白い。確かに内緒話をしているかのような音なのである。それは、ブラームスの作品119-2を聴けば一層明白だ。メルドーの言葉を借りれば、そこにあるのは「官能」であり、「色香」。譜面には書かれていない作曲家の心をいかに音に移すか。「ある重さを伴って沈むように降って聴こえて来る」のはそのためだろうか。

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