ジャズのうねり、グルーヴに感化された最初はマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」。その後まもなく、僕はジョン・コルトレーンに恋をした。
まだきちんと「モダン」を演っていた頃のコルトレーンの音楽は、不安定な音程でありながらも魅惑の妖艶さで満たされていた。こういう色気は、それこそ我を忘れてサックスを吹き倒すコルトレーンにしか感じられないもの。それなのに、見事に音楽的なのだ。
コルトレーンは1960年代を一気に駆け抜けた天才だが、後期フリー時代の「なりふり構わぬ」生き急ぎを、評論家の相倉久人さんは次のように分析している。
当時のスピリチュアリズム時代のコルトレーンは、あのとおりソロが終わらないんです。満足できるまで、ガーッとやり続けることでああいう境地に到達するわけですよ。でも到達してそこからさらに先へ行くかというとそうじゃなくて、ステージが終わると元に戻って、現実は何も変わってない。
~KAWADE夢ムック「ジョン・コルトレーン」(河出書房新社)P18
ある意味コルトレーンのアンラッキーは、突き抜けてしまえば良かったものがどこかでそれができなかった弱さにあるということなのだろうか。
高い境地に上がってはまた地獄へ落ちて・・・という、その循環を周りは見てくれない。高い次元へ行っちゃった人だっていうところだけが引き継がれて、彼の音楽を駆動しているパワーの源みたいな、ダイナミズムというものを周りは見てくれていない。そういう、ある種の寂しさみたいなものがあったと思うんです・・・理解されないっていう。
~同上書P18-19
コルトレーンに限らず、それは孤高の芸術家が辿る道だ。
いわゆるスピリチュアリズムに傾倒する以前のコルトレーンの音楽にもれっきとスピリチュアリティは存在する。しかし、振れ幅が大きくない分人々の心に直接に届く普遍性があり、特に初期の録音には初々しく、また堂に入る革新がある。
僕が最初にはまったのは「マイ・フェイヴァリット・シングス」。
・John Coltrane:My Favorite Things (1960.10.21, 24 &26録音)
Personnel
John Coltrane (tenor saxophone, soprano saxophone)
McCoy Tyner (piano)
Steve Davis (bass)
Elvin Jones (drums)
“My Favorite Things”冒頭、マッコイ・タイナーのピアノ前奏から釘付け。この軽快で喜びに満ちる演奏は、多少の踏み外しがあることで、即興的な側面が強調され、それによってコルトレーンの不安定なソプラノ・ソロが一層光輝を放つ。何より中間部の、強烈な咆哮!!
続く、コール・ポーター作”Everytime We Say Goodbye”にある慈しみ。こういう優しさの表現は、おそらく後年のコルトレーンが失った側面だ。彼が最も充実し、最も幸せだったろう時期の演奏は、いずれもがやっぱり愛に満ちる。ここでもマッコイのピアノは極めて美しい。
そして、ガーシュウィン作の”Summertime”の真中の、マッコイのピアノに続き奏されるスティーヴとエルヴィンのソロに感服。いやはや、格好良い!
死というものは突然に訪れるものなのかもしれない。
ソニー・ロリンズは語る。
ホントはもっと共演したかった。
彼が亡くなる1週間前にも電話で話をしている。その時は、具合が悪い様子はまったくなかったんだが・・・。
(2009年7月31日、フランス南西部「ジャズ・イン・マルシアック」楽屋にて)
~同上書P33
後悔ない人生を送るためにもいつもその瞬間を大切に。
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