クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン響 ブラームス 交響曲第4番(1990録音)

クルト・ザンデルリンクの指揮するブラームスの交響曲が素晴らしい。特に、交響曲第4番ホ短調は屈指の名演奏だ。微動すらしない(絶妙なアゴーギク)堂々たる足どりで、円熟期のヨハネス・ブラームスの名作を潤いと血の出るような有機性をもって働きかける逸品。心からの感動によって僕の周囲の世界が見事に変転する。

ミュルツツーシュラークで産声をあげた《交響曲ホ短調》は、1886年の初めに初演された(ウィーン初演は1886年1月17日、指揮はハンス・リヒター)。ブラームスはリハーサル中、指揮台に座り続けだったので、後ろにいた母は、その姿を鉛筆でスケッチした。
両親はこの交響曲を聴いて、最初から強烈な印象を受けた。音楽学者や音楽家たちは、はじめ否定的な批評をしたけれども、2人の喜びと陶酔が薄まることはなかった。まさしく「理解すべき人が、何もわかっていない・・・」のである(シラー『信仰の言葉』より最終章第3節『文芸年鑑』1798年)。

ホイベルガー、リヒャルト・フェリンガー著/天崎浩二編・訳/関根裕子共訳「ブラームス回想録集2 ブラームスは語る」(音楽之友社)P242

リヒャルト・フェリンガーの報告によると、初演当時、交響曲第4番はわかる人にはわかる傑作だった(確かに終楽章パッサカリアなどは初めて聴いたときよくわからないかもしれない)。ちなみに、彼はその少し前、ブラームスがこの曲を作曲している現場を見たという。

弟と二人で朝早く散歩していたら、ノイベルクからの街道でブラームスに会った。彼は散歩の帰り道で、完全に自分だけの世界に浸っており、浮き浮きと帽子を振り回し、道端の草を撫でながら歩いていた。2人が元気いっぱい挨拶すると、我に返り「おやまあ、若い紳士が野原にお散歩ですかな?」とご機嫌で答えてくれた。「それじゃあ」と言うと、もう一度振り返り「よろしくね!」次の瞬間には再び、自分の世界に入り込んだようである。
「自分の世界」とは、その週のうちに完成した、《交響曲ホ短調》だった。

~同上書P240

いかにも天才らしいエピソードである。
そういえば、この「自分の世界」について、ブラームスは次のように語っている。

仕事中さえぎられず邪魔されないという確信がなければ、作曲を思い立つことなどできない。ウィーンのこの家では、家主で世話役のトルクサ夫人が、私が仕事中絶対に邪魔されないように気を配ってくれている。詩神は十戒のエホバ神のように実にねたみ深い存在で、ほんの少しでも怒らせようものなら飛び去ってしまう。かつて邪魔の入ったことが何度かあったが、破滅的な結果を招いた。ヨーゼフ、はしご事件を思い出すだろう。おかしな若い男をあわや殺しかけた時のことだ。仕事中の私を覗いて、愚かにも、神聖なひらめきをいくぶんか吸い取ろうとしてくれた。
アーサー・M・エーブル著/吉田幸弘訳「大作曲家が語る音楽の創造と霊感」(出版館ブック・クラブ)P90

詩神(ミューズ)とつながる瞬間の静寂は、まさに「空(くう)」の世界なのかもしれない。

・ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98
クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(1990録音)

ベルリンはイエス・キリスト教会での録音。
第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ冒頭、主題が奏でられる最初の瞬間の、宙から湧き上がる微細かつ静謐な音の奇蹟。また、第2楽章アンダンテ・モデラートの柔らかくもシルクのような音。そして、熱狂の第3楽章アレグロ・ジョコーソはいぶし銀の舞踏。さらには、終楽章パッサカリアはもはや人後に落ちず。畢竟、大宇宙の、高遠かつ悠久の音をこれほど自然体で創出する指揮者は他にはいない。これぞ無心、無我、無為の好演。

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