バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルのバレエ組曲「ディバック」(1975.4録音)ほかを聴いて思ふ

邦題を「生と死の幻想」という。
文字通り、生も死も幻だ。
ここにはあらゆる音楽イディオムが詰まっている。
黄泉の世界からの便りの如くの冒頭タイトル曲は、第三世界的な音調で始まり、端から僕たちの心を鷲づかみにする。キースのフルートがあまりに直接的に訴えかけるのである。冷たい音は、時の経過とともに熱を帯び、いよいよ音楽は走り、うねりをあげる。
ジャズ的即興の顕現。同時に、厳しく計算されたアンサンブルは、パーカッションの入りと同時に、生を、あるいは死を鼓舞するかのようにゆっくりと弾け、跳ねるのである。

ジャズというのは、20世紀の初頭に、アメリカで発生して、ずっとアメリカの文化をリードしてきた音楽なんです。ジャズとは何かと簡単に言いますと、アドリブ、即興的な演奏を信条としております。それまでの、例えばヨーロッパ音楽の何百年という伝統は、即興演奏よりも、むしろ譜面をどういう具合に表現するかというものだったのですが、ジャズというのはその場の即興性。従いまして、曲とかそういうものは、単なる素材でしかない。曲を素材にして、どれだけ自分の世界に引き込めるか。それをいかに即興演奏で崩せるかと、そういうものだと思っていただければと思います。
山下達郎のBrutus Songbook-最高の音楽との出会い方(マガジンハウス)P24

クラシック音楽は、ある時期から(学究的に)伝統を重んじてきた、いわば過去を見つめ、過去を重視する音楽だ。一方、ジャズは今と未来を見つめ、それこそ生と死を虚ではなく、実として捉え、「いまここ」の体現を試みる方法だ。
それがゆえに、聴衆にも厳しい一期一会的姿勢を要求するキースの音楽は、いつの時代も厳しく、しかし美しい。

・Keith Jarrett:Death And The Flower (1975)

Personnel
Keith Jarrett (piano, soprano saxophone, osidrum, wood flute, percussion)
Dewey Redman (tenor saxophone, percussion)
Charlie Haden (bass)
Paul Motian (drums, percussion)
Guilherme Franco, percussion)

“Prayer”での、いかにもキースらしい繊細かつ幽玄なピアノに涙する。
そして、よりジャジーな”Great Bird”は、どこかアランフェス協奏曲のアダージョの旋律に似た主題を持つが、音楽の進行とともに旋律は拡張し、飛翔し、いよいよ全世界を包み込むかのようなエネルギーを獲得し、聴く者に襲いかかるのである。
本当に美しい1枚。

なるほど、耳をそばだて、じっくり音楽に対峙すると、暗澹たる静けさの中からも鼓動が聞こえ、舞踊が見えるよう。音楽が律動であり、踊りであることは間違いない。

ところで、今年はレナード・バーンスタイン生誕100年の年。
100まで生きる人は稀なので、100年記念といわれても正直ピンとこない。しかし、音楽業界の扇動であるとは知りつつもせっかくなのでその煽りに乗ってみようと思う。

バーンスタイン:バレエ音楽「ディバック」
・組曲第1番
・組曲第2番
ポール・スペリー(テノール)
ブルース・ファイファー(バス・バリトン)
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(1975.4録音)

ユダヤの歌は、「死霊」というのだそう。
とてもダンスには向かない音調なれど、その形而上的響きが実に興味深い。
何とも暗いドストエフスキー的世界を髣髴とさせる。

ほほう、無限の変容をつづける無限宇宙だって・・・?自らが自らを押しのけて出現に出現を重ねる互いに異なった宇宙の無限の連鎖がとうてい俺の思い描けぬ途方もない無限宇宙の全容をかたちづくってゆくとお前はいうのだな。お前の壮大な話はこれまたさらに数十倍も壮大になってきたけれども、いったい俺にお前は何をいおうとしているのだ。
埴谷雄高「死霊Ⅱ」(講談社文芸文庫)P237-238

三輪与志のこの言葉に対し、弟の高志はかく反論する。

まあ、待て、壮大なのははじめのはじめから備っている俺に固有な本性さ。だが、お前もまったく驚くほど洞察力が足りないぜ。俺はまだお前自身が提出した「自分自身」についての単一な話のつづきをしているのだからな。
~同上書P238

鷹の眼を持つことは大事、しかし、蟻の目も同様に重要だ。

第1組曲第5曲「パ・ド・ドゥ」の解放と静寂。また、第6曲「エクソシズム」の切羽詰まった音塊の激しさに、思わずひれ伏してしまう。
そして、第2組曲第3曲「5つのカバラ変奏曲」の不思議な恍惚(何だかマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」のよう)。あるいは、第4曲「夢」での幻想的音響。

1970年代中頃が熱い。

 

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