前田朋子&バドゥラ=スコダのベートーヴェン ソナタ集(2016.10録音)を聴いて思ふ

互いが互いに寄り添い、また互いが互いに尊重し合い、過剰な主張をし合わない様相。
まるで長年連れ添った夫婦のように、そこにはお互いを理解し合うという調和がある。

ベートーヴェンの、それぞれ異なる時期の作品を採用し、密度の濃い瞬間を積み重ねる時間の尊さよ。今年、齢90を迎えるパウル・バドゥラ=スコダを伴奏者に迎え、満を持して録音された前田朋子によるソナタ集を聴いた。
1797年に作曲されたであろうイ長調ソナタの、ヴァイオリンのオブリガート付きのピアノ・ソナタと思わせん第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ冒頭のピアノの喜びに溢れる音楽に思わず膝を打つ。それにしても旋律の受け渡しというか、その自然さが実に美しい。音楽が湧いて出るというイメージ。また、第2楽章アンダンテ、ピウ・トスト・アレグレットでは、ヴァイオリンが艶やかで優しくも悲しい旋律を奏で、ピアノがそれに謙虚に、しかし愛情豊かに応える様が見事。そして、第3楽章アレグロ・ピアチェヴォーレの軽快さ、それでいて決して空虚にならない音の厚みは、二人の息がぴったりと合っている証拠であろう。

何とも可憐な「春のソナタ」。初の4楽章制という革新は、形式といい音楽の中身といい、若きベートーヴェンの大いなる才能を如実に示すもの。第1楽章アレグロの主題の爽やかさ。白眉は第2楽章アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ。この愛の囁きのような歌は、それこそ前田とバドゥラ=スコダの調和の権化。時にピアノがうねり、それにヴァイオリンが丁寧に応える様、また、時にヴァイオリンが泣き、それを慰めるように響くピアノ。まさに春の陽気に浮く短い第3楽章スケルツォを経て、終楽章ロンドは明るい第1主題と暗い第2主題の対比が聴きどころだが、二人の創造する、ここぞとばかりに飛翔する確信に満ちた音楽がとても魅力的。

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集
・ソナタ第2番イ長調作品12‐2
・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」
・ソナタ第10番ト長調作品96
パウル・バドゥラ=スコダ(ピアノ)
前田朋子(ヴァイオリン)(2016.10録音)

そして、1812年に作曲され、ルドルフ大公に献呈されたト長調ソナタの、脱力の表現に感無量。

自由と進歩とが芸術における目標であることは生活全体におけると同様であります。われわれが昔の巨匠たちほどに確乎としてはいないにしても、しかし少なくとも文明の洗練は私たちの視野をはるかにひろく押し拡げました。
(ルードルフ大公に)
(ベートーヴェンの思想断片)
ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P138

第1楽章アレグロ・モデラートの、それぞれのトリルによる応答の美しさに瞠目。この人たちはやっぱりお互いに他にはない愛情を感じているのだと僕は思った。また、第2楽章アダージョ・エスプレッシーヴォの優しい歌にベートーヴェンの大公への尊敬と愛情を知った。さらに、アタッカで奏される第3楽章スケルツォの作品109のソナタに通じる癒しに満足を覚え、終楽章ポーコ・アレグレットの流麗かつ堂々たる響きに、前田朋子の歴史を見通す全体観に優れたセンスを想像した。

パウル・バドゥラ=スコダと前田朋子のお二人にはぜひとも全集を完成させていただきたい。

 

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2 COMMENTS

雅之

いい演奏ですね。人生の「春」「夏」、そして「実りの秋」を同時に鑑賞できるのが素晴らしいです。

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岡本 浩和

>雅之様

雅之さんにはいずれ前田朋子さんの実演にはぜひとも触れていただきたいと思っております。

>生の「春」「夏」、そして「実りの秋」を同時に鑑賞できる

何と的を射た表現!!

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