ハイティンク指揮ロンドン・フィル ショスタコーヴィチ 交響曲第10番(1977.1録音)ほか

あ、亡くなったか。ただそんな印象。正直、大した感慨はない。
幾度か体験したベルナルト・ハイティンクの実演は、その瞬間には結構な感動をもたらしてくれたのだけれど、時間が経つとすっかり忘れてしまう水もののような印象があった。
録音についての印象もさほど変わりはない。しかし、1980年前後から始まったショスタコーヴィチの交響曲については少し違った。それは、僕自身がショスタコーヴィチの音楽をまだまだ理解できていなかったという理由もあろうが、想像していたような「暗さ」、またイデオロギーに塗りたくられた近寄りがたい難解さはどこにも感じられず、何だかとても明るく、洗練された音調に溢れるものだった。

ショスタコーヴィチの音楽は、とても人間的だ。酸いも甘いも、すべての事象が刷り込まれた歴史絵巻といってもよく、多彩な交響曲を、そういう先入見を捨てて解釈した点にハイティンクの偉大さがあった。

なにしろ睨まれたらシベリア送りか銃殺という恐怖のスターリン政権の中を生き続け、2千万人が死んだという独ソ戦を最前線のレニングラードで体験して生き残り、さらに戦後のソヴィエトとアメリカという超大国の間で政治的な問題に抵触する作品を書き続け、それでも生き続けたのだ。これはもう現代音楽界のゴルゴ13とも言うべき貫禄である。
(吉松隆「ショスタコーヴィチの戦略 西欧音楽史に仕掛けられた罠」)
「ショスタコーヴィチ大研究」(春秋社)P227

吉松隆さんのショスタコーヴィチ論が面白い。

何やらスパイ小説じみていて荒唐無稽かも知れないが、マーラーのブームの中で「ポスト・マーラーはショスタコーヴィチだ」と断言する人たちがいたことや、西側で初のショスタコーヴィチ交響曲全集を試みたハイティンクの第1弾がまさにこの《第十交響曲》だったことなど、何か組織的な情報を感じさせてならないのだ。
かくして、ゴルバチョフのペレストロイカが共産圏を解体し、東西対立という世界の形が崩れモダニズムの時代が終焉を迎えた時、軟派マーラーの後釜として硬派ショスタコーヴィチのブームがささやかれ始めた。

~同上書P231-232

吉松さんは、ショスタコーヴィチの第10番のフリーメイスン性に着眼し、当時のショスタコーヴィチ・ブームの魁を裏側の世界の意思の反映だと推理し、そう書くのである(この書籍の発行は1994年だからソ連崩壊から5年後のこと)。何だか今となって、わからないでもない。

ショスタコーヴィチ:
・交響曲第9番変ホ長調作品70(1945)(1980.1.15&16録音)
・交響曲第10番ホ短調作品93(1953)(1977.1.14-16録音)
ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

件の第10番は、吉松さんの奇特な推理を横に置くとして、ポスト・マーラーの時代に相応しい、物語性を排した、純音楽として認識できる(第3楽章アレグレットの作曲者自身のイニシャルをモットーとした旋律での主張が浮いていて?逆にまた面白く聴ける)、とてもとっつきやすい演奏だと僕は思う。
ただ、それよりも、僕は交響曲第9番の、諧謔性を無視した、モーツァルトのような愉悦を軸に、明確にまた誠実に表現しようとしたハイティンクの棒にシンパシーを感じる。

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