フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」(1937.5.1Live)

時代のせいなのか、特に第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレにおいて頻繁にポルタメントがかけられ、官能的で濃密な音楽が奏でられる様子に多少の違和感を覚えなくもない。本当はもっと情に訴えかけるのではない、(個人的には)もっと魂に直截的なアプローチが欲しかったところだが、第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ,ウン・ポコ・マエストーソ冒頭の、霧の中から派生する大宇宙の鳴動から、終楽章「歓喜の歌」まで、明らかにフルトヴェングラーの音、また解釈であり、ジョージ6世の戴冠を祝うに相応しい演奏であることが何より素晴らしい。

1951年のバイロイト音楽祭戦後再開記念、あるいは1937年の英国王ジョージ6世の戴冠を祝して演奏されたベートーヴェンの交響曲第9番。フルトヴェングラーにとってこの作品は特別なものであり、他のどんな作品を演奏するときよりも思念や感情が横溢し、ほとばしる音楽だった。

今や全人類の意識の変革が求められる時代。
ベートーヴェンは200年後の今を予見して、数多の崇高な作品を作曲し、世に問おうとした。楽聖本人の作為はそこまでなかったにせよ、少なくとも本性では真理を感じ取っていたはずで、構成において中途半端な(?)(前3楽章と終楽章のアンバランス)印象を与える交響曲第9番も「歓喜の歌」をもって全世界を一つにせんと無意識に意図したのであろう。

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」
エルナ・ベルガー(ソプラノ)
ゲルトルーデ・ピッツィンガー(コントラルト)
ワルター・ルートヴィヒ(テノール)
ルドルフ・ヴァッケ(バス)
ロンドン・フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:チャールズ・ケネディ・スコット)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1937.5.1Live)

ロンドンはクィーンズ・ホールでの実況録音。異様なテンポで駆け抜ける、(ほとんど崩壊寸前の)白熱の終楽章コーダのプレスティッシモの興奮に言葉を失くす。

ちなみに、商業録音集成ボックス中の新リマスター盤と、かつて東芝EMIからリリースされていた(悪評高い岡崎好雄リマスターによる)TOCE-3729を比較試聴してみたが、少なくとも僕の耳ではより音圧が高く、聴きやすい東芝EMI盤の方を推す(ただし、若干ピッチが高めなのか、どの楽章もタイミングが20秒から30秒の違いがあり、気になるところ)。あと、2000年代にリリースされたGreat Conductors of the 20th Centuryシリーズの2枚組セットにもこの音源が収録されているが、こちらは収録時間の関係から第2楽章スケルツォの主部第1部の反復がカットされており、問題あり。

マスタリングの違いによってこうも印象が異なるものなのかとある意味絶句だが、それもこれもフルトヴェングラーを堪能する醍醐味の一つと考えれば面白い。TOCE-3729盤(岡崎好雄リマスター盤)は、おそらく人工的な音に過ぎるのだと思うのだが、音の感性(好みとセンス)は個人によってまったく異なるので、評判よりも自分の耳(とオーディオ環境)を信用したいと僕は思う。それにしても第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレの神秘的かつ官能的な響きはフルトヴェングラーのベートーヴェンの真実をあらためて確信させてくれる。

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