
アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ。僕は彼の優れた聴き手ではなかった。
幾度か来日公演を聴くチャンスはあったものの、積極的に機会を手に入れることはしなかった。もっとも仮にチケットを押さえていたとしてもキャンセル魔の彼のこと、実際に彼の奏する音楽を聴くことができたかどうかは不確かだ。
僕の記憶にあるミケランジェリの最初は、1980年頃のFM fanに掲載された、来日記念だったか、何だったかのスナップである。そのときはもちろん彼のことを詳しく知る由もなく、ただキャンセルが多いピアニストだという認識くらいだった(実際、1980年の来日も初日だけ弾いて、その後のリサイタルのすべてをキャンセルし、帰国してしまったようだ)。
1992年のチェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルとの共演コンサートやリサイタルも結局僕はスルーした。このときも、やはり後半のリサイタルはキャンセルされたと聞く。
録音に聴くミケランジェリの音楽は、思ったほど刺激的ではない(少なくとも僕の耳には)。
ドビュッシーの前奏曲集などは実に研ぎ澄まされた音で、しかし音楽は極めて柔和で何とも夢心地にさせられる魔法のような演奏であることは確かだ。ただし、協奏曲などは指揮者やオーケストラとの相性もあることだろう、ミケランジェリの「音」が(あくまで個人的にだが)僕には心に素直に響いて来ない。
ウィーンは楽友協会大ホールでのテレビ・コンサートの記録。
第1番ハ長調作品15の、ベートーヴェン作のカデンツァに僕は釘付けになった。
どちらかというとオーケストラの音響に埋もれがちな(?)ミケランジェリのピアノがここぞとばかりに輝きを増し、ベートーヴェンの書いた音楽が直接に魂にまで響くように感じられる。果たしてこの部分だけでもミケランジェリを聴く価値があろうというもの。
また、第3番ハ短調作品37のカデンツァについても同様。まるでベートーヴェンが意気揚々と自身のソナタを披露するかのように、ここぞとばかりにピアノの音がキラキラと煌めくのである(録音の加減のせいだけではなかろう)。オーケストラの音を抑え、ピアノの音を際立たせた第2楽章ラルゴの美しさ。そして、ミケランジェリがときに絶妙なためを施し、自在にピアノを操る第3楽章ロンドの冷たい(?)愉悦よ。
何にせよミケランジェリは実演で聴くべきピアニストだ。
もはやその機会を得ることは不可能なのだけれど。