トスカニーニ指揮NBC響 ベートーヴェン レオノーレ序曲第2番(1939.11.25録音)ほか

トスカニーニの演奏の魅力は、ある種のファナティズム(熱狂)にあると私は思う。理想への熱狂。それゆえ、リハーサルでは、楽員たちを叱咤激励するどころか、罵倒し、物を投げ、専制君主のように振る舞った。それでも楽員たちがトスカニーニについていったのは、彼に従えば、演奏が明らかに良くなっていくことを彼らが耳で実感していたからに違いない。トスカニーニもカラヤンも完璧主義者として知られているカラヤンの「完璧」は完璧を目的として作られた完璧であったが、トスカニーニの「完璧」は理想への熱狂の結果として生み出される完璧であったといえるだろう。
山田治生著「トスカニーニ―大指揮者の生涯とその時代」(アルファベータ)P288

聴いていて息苦しくなるほどの、強烈な意志の漲るベートーヴェン。
一点に集中せんとする力はカラヤンなど相手にならぬほどのものであり、またそこから拡散されるエネルギーも他の指揮者を冠絶する。終わりに向かっての推進力は随一だ。

それにしても何と現実的なベートーヴェンであることか。
死に際に「諸君、喝采を! 喜劇は終わった」と言葉を発したとされるベートーヴェンの音楽は、特に晩年のものほど、形而上的(精神的)でありながら実にリアルな音像を閉じることで僕たちの本性にこれでもかというほどの刺激を与えてくれるものだ。果たしてここまでの意志力が必要なのかと思うほどトスカニーニのベートーヴェンは熱い。しかし、このドライな録音から感じ取れる密なパワーこそが、生命力盛んなベートーヴェンの根拠であり、いかにベートーヴェンが希望に満ち、人類が真に一つになることを夢見ていたかを証明するものだと僕は思う。

ベートーヴェン:
・レオノーレ序曲第3番作品72a(1945.6.1録音)
・「献堂式」序曲作品124(1947.12.16録音)
・「コリオラン」序曲作品62(1945.6.1録音)
・「エグモント」序曲作品84(1939.11.18録音)
・バレエ音楽「プロメテウスの創造物」作品43から序曲(1944.12.18録音)
・レオノーレ序曲第2番作品72b(1939.11.25録音)
・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135から第3楽章&第2楽章(1938.3.8録音)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団

いずれも最高の名演奏だが、極めつけはやはり1930年代のものだろう。世界が有事に染まり、人々の精神が陰鬱な方向へと向かうであろうそのときの、トスカニーニの前のめりの(?)精神を露わにする特別なるベートーヴェン。中でも猛烈な突進力を伴なう「レオノーレ」序曲第2番の壮絶な憂愁、あるいは、抜粋ながら最後の弦楽四重奏曲の哀惜。第3楽章レント・アッサイ,カンタンテ・エ・トランクィロの慟哭、そして、第2楽章ヴィヴァーチェの束の間の歓び。

それは「厳格なる情熱」とでもいうべき劇的求心力を最大の特色とするものであり、作品の本質にストレートに肉薄していく明快で英雄的な演奏である。情緒という甘美な誘惑に溺れ、目標を失うことなく、作品をそそりたつ一本の幹のように逞しく歌い上げていく巨匠の芸術は、熱い躍動感と逞しい推進力とに満ちあふれており、限りない生命の讃歌にも似て誇らしげに響きわたるのである。
(諸石幸生「輝ける永遠の指針」)

かつて僕は諸石さんにトスカニーニに関して啓いていただいた。トスカニーニの芸術をこれほど端的に表した啓蒙的な文章はなかなかない。あらためてトスカニーニの演奏に快哉を叫ぶ。
諸石さんが亡くなられたそうだ。享年73。合掌。

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