冒頭から吃驚仰天の演奏。
これを恣意的というならそれまでだけれど、これほどまでに意志の強い、ロベルト・シューマンの精神の拮抗と解放を表現した再現は他にないように思う。
おそらくアルフレッド・コルトーであるがゆえに許される解釈なのかもしれない。19世紀末の浪漫薫る官能の音楽があちこちに犇めく。何よりピアニストに追随するフリッチャイのオーケストラ・コントロール技術の素晴らしさ。
紆余曲折を経て、愛妻クララのために書かれたイ短調の協奏曲は、文字通りクララへの思慕を表わす逸品だ。盟友フェリックス・メンデルスゾーンの協奏曲を聴いて、自分の協奏曲を完成したくなり、以前創作した幻想曲に2つの楽章を加え、1845年7月29日に完成をみた。
・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54(1845)
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1951.5.15Live)
シューマンの音楽では、夢想がもはや個人的なものではなくなり、自然や感覚、一種の静的な要素と溶け合う瞬間がある。
上記は、マスタークラスでのコルトーの言であるが、果たして協奏曲も大自然、大宇宙と一体となった、人間業を超えた音楽と化しているように僕は思う。すべては必然であり、躍動あり、祈りありと、どの瞬間も実に神々しい。
第1楽章アレグロ・アフェットゥオーソにある生命力は、枯淡の年齢にあったコルトーの若々しい命の結晶だろうか。あるいは、第2楽章間奏曲(アンダンテ・グラツィオーソ)の滋味、続く終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの絶妙なタメと間(ま)にコルトーの優れた音楽性を思う。
ベルリンはティタニア・パラストでの録音は、色気のない音響だが、音楽そのものは実に艶やかでエロティックだ。