ヤング指揮ハンブルク・フィル ブルックナー 交響曲第5番変ロ長調(1873-75)(2015.3Live)

現代最強のマーケターといわれる森岡毅さんは、人生を賢く生きるヒントは「数学」だという。自分ではコントロールできないことを「定数」、そしてコントロールできることを「変数」とした彼の理論は多くの人を感化しているそうだ。

しかし、逆に言うならコントロールできない「定数」、すなわち「真理」をものにできれば、というより「定数」に軸足を置ければ、たとえ世界が変転しても何も問題はなかろう。それこそ人生は「そんなに難しいものではない」と言えそうだ。

アントン・ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。この作品のフィナーレ楽章は逸品中の逸品だ。これをもってアントン・ブルックナーの最高傑作だと太鼓判を押す人は世に数多あるだろう。これほど頭脳的にも情緒的にもバランスのとれた音楽が他にあろうか。

かくして楽章全体は30という比例数に必然的に関連づけられる。こうすることでブルックナーは本能的に、ゴシックの大聖堂を立てた建築家たちの建築原理に従っている。彼らもまた、ひとつの数に基づいて大聖堂を設計したのである。大聖堂の建築構造のすべてのものはその数の倍数か約数にほかならなかった。まさにこのことから「調和的な」比率が生まれ、これらの「比率」こそが、ある精神的な「オルド(秩序)」の表出なのである。そしてその「オルド(秩序)」とは、その究極的な諸関係を、最終的には世界のひとつの調和、つまり一種のハルモニア論の中に見出さねばならないようなものなのである(訳注:中世の音楽観においては、世界はひとつのハルモニア「調和」にほかならず、音楽もまたその調和を反映するものとして理解されていた)。
レオポルト・ノヴァーク著/樋口隆一訳「ブルックナー研究」(音楽之友社)P115

世界を微分すれば「数学」だ。それは「0(ゼロ)」であり、すなわち「調和」だ。
「調和」でもって解決した交響曲第5番こそ人類最高の至宝の一つだというのはあながち言い過ぎではなかろう。

・ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(1873-75)
シモーネ・ヤング指揮ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団(2015.3.1-2Live)

回を重ねるごとに、年齢を重ねるごとに重みを増し、光彩を放つヤングのブルックナー。禅宗の掉尾を飾る交響曲第5番は、文字通り奇を衒わない、森羅万象すべてが支援する安定の演奏。

最初に書かれた第2楽章アダージョはさすがに美しい。
そして、全曲の要であり、また解決である終楽章の調和の表現はヤングならではの力みのない自然体。コーダでのクライマックスに向けての圧倒的解放と昇華があまりに素晴らしく、感動的。

なぜブルックナーは当時の聴衆に受け容れられなかったのか?
レオポルト・ノヴァークがその答を教えてくれる。

ブルックナーにとって、「論理的バランス感覚」とでも呼びうるこの直感は、その音楽が特別なデュナーミクの原理にしたがっているとすると、さらに重要であった。その原理とは、クルトが波動運動と呼んでいるものである。この「運動的なもの」は、ひとつの秩序にさらに従う必要がある。そうしないとそれはおそらく、あらゆる「形式の限界」を越えて溢れ出してしまうからである。「比例数」の神秘に満ちた作用がすべての部分に及び、その力がそうした過剰から救っているのである。それだけではない。比例数はまた、上述の均斉のとれた対応を生み、その中で、デュナーミクの満干が危なげもなく展開されうるのである。
ブルックナーは、同時代者の多くからは理解されなかった「孤高の巨人」であった。だからこそ彼の交響曲は、それ以外の音楽的な特質のためもあるが、好意的な聴衆を見出すことが難しかったのである。
今日、われわれは全体に視線を向けることをふたたび学んだのである。個々の部分のすべてを、別々ではなく全体との関連においてながめることを学んだいま、これらの比例関係に対するわれわれの感覚は研ぎ澄まされている。こうして、神秘主義者であり、祈禱者でもあったブルックナーの交響曲の中に、これらの比例関係が顕現する。そしてこのことは、彼の直感と創作、着想と彫琢とが、運動と休息、形式とプロポーションの協和において、いかにひとつであったかという証明として評価されるだろう。

~同上書P116-117

なるほど、納得だ。
ブルックナーの音楽は巨視的視点でしか理解し得ないのだということがわかる。それゆえに演奏する側も聴き手側も全体観が大事になるのだ。シモーネ・ヤングのブルックナーの素晴らしさは、その点をまったく解決しているからだろう。

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