魂を揺さぶるエロイカ

無事「早わかり古典音楽講座」が終了した。気がつくともう8回目。今日のお題は「モーツァルトの光と翳」というもの。たかだか35年の生涯なれど、何百曲にも及ぶ名曲群の中で数曲を取り出して解説しようというのだからある意味正気の沙汰ではない。
いやいや、3時間近く講義をして大変でした。年表を作成し、まずは簡単に彼の生涯を辿る。そして、トランジション(転機)の際の音楽的変化やモーツァルトのもつマジック(魔力)に注意しながら彼が残した名曲をわかりやすく解説しながら進めていく。多少焦点が定まりきらず広がりすぎた感もあるが、概ね成功だったと思う。

ところで、例によって最後は歌劇「魔笛」の話で盛り上がった。やはり晩年1791年に作曲した曲はどれも透明感に溢れていて、半分天国に片足を突っ込んでいるかの如くの人間業とは思えない名曲揃いでいずれはその周辺をテーマにもう一席設けなきゃいけないかな、とも考えている。そんな中、いつしか話題は「魔笛」の調性「変ホ長調」に移り、参加者から変ホ長調の楽曲について聴かれたので「皇帝」やシューマンの「ライン」、マーラーの第8番などいくつか挙げた次第。

今夜は、「変ホ長調」の傑作の一つ、ベートーヴェンの第3交響曲、通称「英雄(エロイカ)」を聴く。

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1944Live)

若かりし頃の一時期来る日も来る日も聴いていたこの曲は、まさに楽聖のトランジション(過渡期)にあたる時期に生れ落ちている。自殺まで考え、遺書を認めた直後の精神的ダメージを乗り越え書かれた「宇宙的拡がり」をもつ楽曲なのである。
フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルの戦時中ライブがとにかく圧倒的。テンポの伸縮や楽器のバランス、歌わせ方、どれをとっても古びた録音の中から理想的な音像が浮かび上がってくる。これまで、いくつもの「エロイカ」交響曲を聴いてきたが、この交響曲に関しては、録音の善し悪しを超えてフルトヴェングラーでなければだめだ。それくらいベートーヴェンの真実、ベートーヴェンの「心の叫び」がこの中に刻み込まれているといっても言い過ぎではない。ちなみに、フルトヴェングラーの振る「エロイカ」は他に何十種も出ているが、馴染みの薄い人にも最も安心して聴けるのは52年のスタジオ録音盤なのだが、少々大人しすぎる。というよりまとまり過ぎている。音楽というのは一過性の生物であり、瞬間瞬間の波動(エネルギー)をその場で感じることに醍醐味があると僕は考える。そういう意味ではレコードを「音の缶詰」と称したチェリビダッケじゃないが、CDでは「本物」には出逢えない。ただ、誰もがそう頻繁に生の名演に出逢えるわけじゃないので、せめてライブ録音にその時の聴衆になったイメージで真剣に向き合ってみるのはその音楽を理解する上でとても大事なことなのではないかと思うのである。

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1 COMMENT

アレグロ・コン・ブリオ~第4章 » Blog Archive » 永遠の30歳

[…] フルトヴェングラーのいわゆるウラニアの「英雄」。つい先頃発売されたSACD盤(Tahra)の音質が俄然よくなったという記事を「レコード芸術」誌で読み、煽られ(笑)ついつい購入してしまった。確かに音は良い。しかし、音が良くなろうとどうだろうと、あの鬼神が乗り移るような表現は、昔散々聴いたものだから脳みその真底まで刷り込まれており、既存の音盤と聴き比べることなく聴く限りにおいて、正直感動を覚えなかった。技術的にはこれまでのフォーマット以上の周波数が記録されているようだから、明らかにSACDを揃える、つまり買い替えるべきなのだろうが、何だか過去の音源を、それも既に所有しているものを、リマスターされた、あるいはフォーマットが変わったという理由だけで買うのはもう止そうかとも考えさせられた。 そう、何だか過去にすがるようで・・・(笑)。 確かにこのフルトヴェングラーの稀代の演奏を含め、かつての巨匠たちの音楽というのは現代の我々の精神的渇きを十分に癒してくれる。当然、発掘されリリースされる録音も多々あるが、若い頃のようにそういうものを何でもありがたがって追っかけ、買い求め、遮二無二聴くという行為が何だか馬鹿らしくなってきたのか・・・、まぁそういうことをする年頃でもなくなったのだろう・・・(笑)。 それより、新しく今生れ出る音楽を享受したい。それには実演に触れるのが一番。しかしながら、毎日ライブを聴くというのは物理的に不可能だから、せめて自分がまだ聴いたことのない演奏や作品を中心に聴いていきたいもの(逆にお金がかかるなぁ・・・笑)。 […]

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