ブーレーズのストラヴィンスキー「エボニー協奏曲」ほかを聴いて思ふ

stravinsky_ebony_boulez198「バッハに還れ」というスローガンを掲げた、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の音楽は実にエロティックだ。彼のこの時代の作品を聴いて、彼が影響を受けたジャズという音楽が、人間の性と密接に結びついていて、アフリカ系アメリカ人が生み出したこの魂を揺さぶる原初的音楽こそ最も性を喚起するもので、そこにはもしやアルフレッド・アドラーが提唱する「共同体感覚」なるものを体感させる大いなる要素があるのかもしれないと直感した。

ニューヨーク上陸時の視覚的印象―摩天楼、活気、街の明かり、黒人たち、映画館、要するに外国人の好奇心を当然のことながら刺激するあらゆるもの―を長々と記述しないで、私は音楽家として次のことを確認しておきたい。つまり、合衆国で私は、花形たちやセンセーショナルなものに対する顕著な思考と並んで、音楽芸術に対する本当の共感を見出したということである。
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「私の人生の年代記―ストラヴィンスキー自伝」(未來社)P140

さすがはフロンティア精神溢れる国アメリカである。音楽に対する受容、鷹揚さも旧大陸以上であったようだ。ストラヴィンスキーは音楽を視覚的に捉える。以下、ハーヴァード大学での講義録の中から。

どこかで私は、音楽を聞くだけでは不十分で、さらに音楽を見る必要があると言いました。あまりにもしばしば音楽のメッセージを伝えるという使命を自らに与えて、そのメッセージを見せかけで歪めている、あの気取り屋たちの礼儀の悪さについてはなんと言えばよいのでしょう。というのも、繰り返して言いますが、音楽とは見られるものなのです。経験豊かな目は、ときとして自分の知らぬ間に、演奏実行者のほんの些細な身振りをすら追い、判断します。
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「音楽の詩学」(未來社)P120

なるほど、ディアギレフ率いるバレエ・リュスの公演でブレイクした音楽家らしい見解だ。

ストラヴィンスキー:
・エボニー・コンチェルト
・クラリネット・ソロのための3つの小品
・コンチェルティーノ(弦楽四重奏版)
・15人の器楽奏者のための「8つのミニチュア」
・協奏曲変ホ長調「ダンバートン・オークス」
・エレジー(ヴィオラ・ソロ版)
・フュルステンベルクのマックス公の墓碑銘(フルート、クラリネットとハープのための)
・弦楽四重奏のための二重カノン
ジェラール・コセ(ヴィオラ)
ミシェル・アリニョン(クラリネット)
アラン・ダミアン(クラリネット)
ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン(1980-82録音)

何より客観的で冷徹な表面に磨き抜かれたブーレーズとアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏は実に魅力的であり、内々から湧き上がるエロスの愉悦を堪能できるところが素晴らしい。例えば、エボニー・コンチェルトにおけるクラリネットの、深奥に見るどろどろの愛の魔法ともいうべき技巧。
あるいは「ダンバートン・オークス」におけるいかにも米国風楽天的愉悦に快哉!そういえば、この作品は作曲者病み上がりのためナディア・ブーランジェによって初演されたもの。バッハのブランデンブルク協奏曲の物真似だという批判に対するストラヴィンスキーの次の言葉が言い得て妙。

自分では気づかなかったし意識したわけでもないが、バッハは喜んでいるに相違ない。
作曲家別名曲解説ライブラリー25ストラヴィンスキー(音楽之友社)P144

ここでもピエール・ブーレーズの精緻な棒は健在。内なるエロスが見事に放出される。

 

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