フィッシャー フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲から第2楽章アダージョ・ソレンネ(1939.4.25録音)ほか

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーには幾人もの愛人があり、また、いわゆる隠し子もたくさんいたそうだ。どこの国でもあの時代はそういうものだった。それが「常識」だったのである。時代が変わり、場所が変われば「常識」も変わる。「常識」とは人間が作った物差しでの相対的な事例に過ぎない。

そんな「常識」の中にあって、人は「私が正しい」という前提の下、ぶつかる。
世界は「十人十色」だが、先天という観点から見ることができれば、本来「十人一色」だということがわかる。

ルートヴィヒ・クルティウスへの、長い心を割った、本音の(?)手紙。

そもそもの初めからお話しなければなりません。少年時代このかた、貴兄に対するほど心底から友情の絆を感じた人を、他にぼくは知りません。そしてこのような友情が、ただたんに主観的にだけでなく、客観的にも、たえず新たな確証を求めているのは、あまりに当然のことといわねばなりません。しかし、その点、ぼくらの性質の相違は初めからはっきりわかっておりました。そのことは、ぼくの貴兄に対する友情と同じく、歴とした事実なのです。フィレンツェでともに過ごした時分からもう、貴兄はぼくに手こずることがありました。例の「ミケランジェロ」、その他いくつかのことでも、貴兄はぼくを正しく理解してはくれませんでした。ぼくはぼくで、—貴兄があのときなさったように—たかがヴェルディのレクィエムのために、ベートーヴェンもモーツァルトもその他一切合財、犠牲にできるということが理解できなかったのです。
(1946年7月19日付、ルートヴィヒ・クルティウス宛)
フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P162

「十人十色」という世界観にある以上、関係の溝は埋まらない。
あくまで嗜好やセンスの問題であるがゆえ。同じ手紙の中でフルトヴェングラーは言う。

これは、ぼくがブルックナーやベートーヴェンばかり演奏して、現代の音楽をやらないという、世の非難の意図するところとそう差はないはずです。・・・現実には、ブルックナーやベートーヴェンのほうが、他のだれかれよりも、今日なおぼくらに関わることはるかに深いのです。現在世にあるとかないとかいうことにはまったく関係のないことです。ブルックナーやベートーヴェンの考えていたことを、マレーもまた彼なりに考えていたのでした。つまり彼らの心を領していたのは、自然の内奥からおのずから「純なるままに」流れ出た、静かで有機的な芸術作品だったのです。それが証するものは一個の人間の本質であって、ただたんに、神経や観察の鋭さや、論理の峻厳、冷徹、誠実さや、感覚のこまやかさと鋭敏さだけにはとどまりませんでした。これこそ従来のドイツ音楽の実体にほかならず、それがまた近代ヨーロッパの、いな全世界の音楽ともなったのでした。この音楽に対してぼくは、ただたんに解釈者としてでなく—それだけならたいしたことではありません—作曲家としても責任を果たさなければならないのだと思っています。
~同上書P163

そういう前提を語りつつ(フルトヴェングラーにとって19世紀までのドイツ音楽は絶対だった)、フルトヴェングラーはますます深く心を開いていく。

しかし、貴兄のようにぼくの仕事の実体をほとんどご存知ない人々に対しては—こう思うのは、けっしてぼくひとりではありますまい—なにがしかのことは成しえたのだと申さなくてはなりません。自作のピアノ協奏曲を演奏したとき、聴く耳を持つ人々に対しては、魂をゆさぶる一大悲劇を展望するような感じをあたえたと自分では思ったものです。あの曲は、貴兄も好意をもって迎えてくれ、なにひとつ「陳腐なもの」は感じられぬと言ってくれました。ただ「どうして終始あんなに悲しいのか」自分には分からない、とのご感想はうけたまわりましたが・・・
~同上書P163-164

あなたの想いや気持ちはわかった、としか言いようがない。
結局のところ、二人の関係もおそらく平行線だったのだろうと想像する。陰陽相対世界において、それは仕方のないことだ。フルトヴェングラーは嘆くが、嘆いてもどうにもならない。

こういうぼくに、もしある友人が—どんなに親しい友人であっても—カトリック教会とかキリスト教とかは欺瞞的な誘惑にすぎないなどと言おうものなら、その友情は厳しい試練にさらされることになるでしょう。しかしこの比喩は、貴兄が、他意はまったくないながら、ドイツの偉大な芸術家であるワーグナーやブラームスを「しりぞけられる」場合にもあてはまるのです。貴兄がしりぞけておられるのはこれらの芸術家だけではありません。貴兄は、そのつもりもなく、またそれと知らずして、ぼくをもしりぞけておられるのです。
~同上書P165

ただし、当時、音楽界からほぼ追放されたような情況であったフルトヴェングラーが「傷ついていたこと」は間違いない。こういう「批判力」は、心を許し合った仲であったがゆえに可能なことだ。こうやって、いかにも人間らしい、そして弱みを見せることのできるフルトヴェングラーにあって、彼の芸術が生まれ得たのだと思う。

フィッシャー フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲から第2楽章(1939.4.25録音)ほか

・フルトヴェングラー:ピアノと管弦楽のための交響的協奏曲ロ短調から第2楽章アダージョ・ソレンネ(1939.4.25録音)
エトヴィン・フィッシャー(ピアノ)
・ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130からカヴァティーナ(弦楽合奏版)(1940.10.15録音)
・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調から第2楽章アダージョ(1942.4.7録音)
・グルック:歌劇「アルチェステ」序曲(1942.10.29録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

終始悲しく、しかし天上の美しさを秘めるフルトヴェングラーの交響的協奏曲第2楽章が素晴らしい(ベルリンはベートーヴェン・ザールでの録音)。自作の交響曲第2番の録音があれだけあるのなら、この作品の全曲を録音しておいて欲しかったというのが本音(クルティウスはこの作品すら全面的に受け入れられなかったのだろうか?)。

そして、旧ベルリン・フィルハーモニーでの録音であるベートーヴェンのカヴァティーナ、ブルックナーの第7番からのアダージョ、グルックは、まさにフルトヴェングラーのいうドイツ音楽を代表する逸品であり、その演奏(指揮)は、特別な思念の入った、自然の内奥からおのずから「純なるままに」流れ出た、静かで有機的な芸術作品たちだ。
ちなみに、ブルックナーのこの録音は、アドルフ・ヒトラーの逝去を伝えるラジオ放送の冒頭に流されたものだと言われる。

そして、個人的に最も惹かれるのが、ベートーヴェンのカヴァティーナ。

僕が特別に愛着のある、録音の旧さを超えた人類の至宝。
(それゆえこれまで頻繁に採り上げ、思いを綴っている)
あらためてヴィルヘルム・フルトヴェングラー140回目の生誕日に。

テン=ベルク&クーベリックのフルトヴェングラー「交響的協奏曲」(1963.6.27Live)を聴いて思ふ テン=ベルク&クーベリックのフルトヴェングラー「交響的協奏曲」(1963.6.27Live)を聴いて思ふ 暖かい、というより暑い 暖かい、というより暑い

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