
この日に向けて、数日前から繰り返し耳を傾けてきた。
聴けば聴くほどに味わいを深める逸品。
モーツァルトの「13管楽器のためのセレナーデ(グラン・パルティータ)」K.361。
作曲の理由は諸説あるものの、真相はわかっていないそうだ。
平和なモーツァルト ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、この作品をこよなく愛したようだ。
名手が揃う、当時のウィーン・フィルの木管アンサンブルの素晴らしさ。フルトヴェングラーはあえて何もしていないのかと思っていたら、数年後の、指揮者なしのアンサンブルでの録音と比較すると段違いの出来であることから、フルトヴェングラーのオーラというか、モーツァルト指揮者としての力量を再確認する。
発売直後、私はヨーゼフ・クリップスと路上で会いました。「フルトヴェングラーの『十三楽器ためのセレナード』(グラン・パルティータ)はもう聴きましたか。すぐに手に入れなさい。偉大な演奏です」といわれました。この偉大なモーツァルト指揮者が、すっかり興奮していたのです。この録音は今でも凌駕できないドキュメントです。共演者もとても素晴らしい方々です。
(パウル・バドゥラ=スコダ)
~ヘルベルト・ハフナー著/最上英明訳「巨匠フルトヴェングラーの生涯」(アルファベータ)
稀代のモーツァルト指揮者の言葉に偽りはない。
そして、そのことを教えてくれたバドゥラ=スコダの回想に感謝だ。
この時代らしく、4日間をかけ、楽友協会はブラームスザールでのセッション録音。
モーツァルトの傑作のひとつだと巷間囁かれるが、僕はしばらくその理由がわからなかった。しかし、当時のウィーン・フィルの名手たちが揃った演奏を繰り返し聴くにつけ、(おそらく)ウィーン時代全盛期のモーツァルトが、当時流行したハルモニー音楽を内的動機から自発的に創出した音楽の美しさと、そもそものアンサンブルの妙についに気づかされた。
第1楽章序奏ラルゴから主部モルト・アレグロの転じる瞬間の、言葉にならない愉悦はフルトヴェングラーならでは。
そしてまた、第3楽章アダージョの天国的美しさ。スヴォボダのオーボエ、ウラッハのクラリネット、ボスコフスキーのバセットホルンへとつながれる、いかにもモーツァルトらしい主題の素晴らしさを堪能するのにこの録音をおいて他にない。
個人的にお気に入りは第6楽章アンダンテ。
クラリネットの提示した主題を6つの変奏で飾る9分近くの楽章だが、さすがに変奏の天才モーツァルトだけあり、悲哀と愉悦の双方が完璧に一体となった音楽に癒される。
終楽章モルト・アレグロの快活さは、決して軽いものでなく、フルトヴェングラーらしい重みも付加される。
ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ団員のモーツァルト「グラン・パルティータ」を聴いて思ふ 