
いつどんなシチュエーションで書かれていたとしても、モーツァルトの音楽はとにかく明るく、そして軽快だ。時折顔を見せる深刻さにも意味があり、苦難を乗り越えんとする本性が開花するような、そんな印象。
リヒテルがオレグ・カガンと録音したモーツァルト。
癌のためわずか43歳で亡くなったカガンが、渾身のヴァイオリン独奏を放つ。
そして、それに呼応するかのように(モーツァルトであるにもかかわらず)リヒテルのピアノ伴奏(否、ヴァイオリンのオブリガート付ソナタゆえ、ピアノが主役か)も激しく燃える。
いわゆる就職活動のためパリやマンハイムに向け母と共に旅をしていたモーツァルトの、なかなか事が上手く運ばない苦悩と、旅先での母の死に直面せざるを得なかった悲痛な思い、すべてをすっかり昇華してしまうモーツァルトの天才。
ぼくたちはここでは、できるだけ倹約しています。食事と部屋、薪と明りはここでは無料です。欲しいものはそれだけです。衣服については、もちろんご存じのように、よその土地ではわるい身なりで歩くことはできません。いつも多少は外見に気を配らなければなりません。今ではぼくはパリ行きにすべての期待をかけています。ドイツの王侯はみんなしまり屋ですからね。ぼくは一所懸命はたらいて、早くお父さんを、現在の悲しむべき状況から救い出してあげるのを、楽しみにしています。
(1778年3月7日付、マンハイムから父レオポルト宛)
~柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(上)」(岩波文庫)P138
父を思う、優しい少年ヴォルフガングの慈しみ。
神童の本性が実に無垢だったことは、音楽を聴けば明らかだ。
トゥールーズ音楽祭でのライヴ録音。
リヒテルはカガンのことを「モーツァルト」と呼んでいたらしい。
それくらいにカガンはモーツァルト的だったということだろうが、気真面目さの中に感じさせる自由闊達な遊びの精神が、確かにいかにもモーツァルトのようだ。
未完の2曲(K.404及びK.372)、こういうトルソー作品にこそ天才の天才たる業が刻印されるように僕は常々思ってきた。天才が「そこで」止めざるを得なかった「何か」がそこには感じ取れるのである。
65小節だけが残されたK.372の、突然終わりを迎えるそれは、まるでモーツァルト自身の人生のようだ。(しかしそこには生きることの希望が残される)
