僕の村は戦場だった

ソビエト連邦の恐怖の時代を音楽に投影したショスタコーヴィチの作品はどれも深い。
彼の音楽をより深く理解するべくここのところ同時代の様々な芸術に折を見て触れている。

戦争の映画を観ると悲しくなる。
戦争の只中だった当時は、日本もソ連も、ドイツもアメリカもそれが「日常」で、目の前に起こることが当たり前だったことをあらためて確認するのが怖いのだと思う。ただ、たった70年ほど前に世界を巻き込んだ大戦については諸々の文献でしか僕は知らない。
25年前に肺癌で逝去したアンドレイ・タルコフスキーの映画はどれも暗い。暗鬱たる空気が立ち込める。

「私の映画が楽しくないのは、要するに楽しいものではないからです。これは事実です。そうした性格の映画なのです。その点に関しては、私は観客の手助けがまったくできません。でも、なぜ私の映画が陽気な楽しいものでなければならないんでしょうか。楽しい映画を求めるのなら、ガイダーイやリャザーノフのコメディがあるじゃないですか。そちらをご覧になってください。私は、絶えず楽しんでいられるほど人生が楽しいものだとは考えていません。・・・(中略)いつの時代にも、芸術は人間の向上に対する希望を表現してきました。人間が自分の欲望や欠点を乗り越えて理想に近づくことが出来るということを、表現してきました。人間は向上するために生きている。人生の目的が冷蔵庫や車を手に入れることであってはならない。もしそんなことが目的になってしまったら、それは人間が精神的な意味で大きな危機に瀕しているということです。それこそが、本当に恐ろしいことです!」(1981年10月、ヤロスラーヴリの映画スタジオ「ユーノスチ」で行われた講演から抜粋)

今となってはいかにも共産主義的偏りがある見解のようにもとれるが、タルコフスキーの中ではそれこそが真実だったということ。おそらく、これと同質のものはショスタコーヴィチの音楽にも、あるいはムラヴィンスキーの生き方にも見出せるのではなかろうか。

アンドレイ・タルコフスキー監督
「僕の村は戦場だった」
・脚本/ウラディーミル・ボゴモーロフ、ミハイル・パパーワ
・音楽/ヴァチェスラフ・オフチンニコフ
・出演/ニコライ・ブルリューエフ(イワン)、ワレンチン・ズブコフ(ホーリン)、ガリツェフ(エフゲニー・ジャリコフ)ほか
・1962年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、1962年サンフランシスコ国際映画祭監督賞

現実とそこに挟まれる4つの夢。「日常」と「非日常」を隔てる壁がタルコフスキーのセンスによって見事に壊される。戦争という現実は当時の人々にとって当然の「日常」だったが、実はそれは「非日常」=「幻想」だったことを、20年を経過した後観客に知らしめた才。それからまた50年を経た今、我々がこの映画に観るものは一体何か?

すべてが現実であり、またそれは見方を変えれば夢になるということか。
または、どんな瞬間もただひたすら決意と覚悟をもって生きよということか。
あるいは、過ぎ去った昔の記憶にしがみつくことなかれということか。

「私の考えでは、映画は詩や音楽、絵画、建築などと同じく、れっきとした正真正銘の芸術です。ですから、映画館で娯楽を求めてはならない。いまだかつて、誰一人として、芸術を用いて誰かを楽しませたということはありません。だからといって、娯楽を目的としたジャンルが存在することは否定できませんし、私も否定しません。しかし、私のことは、ユーモアのセンスを全く欠いた人間として―これが第一です―そして第二に、観客に対して非常に敬意を払っている人間として見ていただきたいのです」(1981年10月、ヤロスラーヴリの映画スタジオ「ユーノスチ」で行われた講演から抜粋)

タルコフスキーの映画においては、どの作品にも火と水が効果的、象徴的に扱われる。明と暗、日常と非日常、現実と夢。それらは対比的に語られるが、実はすべて「ひとつだ」ということを暗示する。タルコフスキー映画は何度観ても発見がある。そこに何重もの意味を込めたショスタコーヴィチの理解においても必須なり。


2 COMMENTS

雅之

こんばんは。

最近の趣味嗜好であれば、ぜひ聴いていただきたいCDがあります。

・譚盾:琵琶協奏曲(世界初録音)
・武満徹:ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に
・弦楽のための3つの映画音楽
 映画「ホゼー・トレス」~訓練と休息の音楽
 映画「黒い雨」~葬送の音楽
 映画「他人の顔」~ワルツ
・林光:ヴィオラ協奏曲『悲歌』

 呉蛮(中国琵琶)
 モスクワ・ソロイスツ
 ロマン・バラショフ(指揮)
 ユーリ・バシュメット(指揮、ヴィオラ、ヴァイオリン)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2689849

>タルコフスキーの映画においては、どの作品にも火と水が効果的、象徴的に扱われる。

3・11からもうすぐ1年。火と水と放射能と・・・。

「黒い雨」 今村昌平 (監督)
http://www.amazon.co.jp/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9B%A8-DVD-%E4%BB%8A%E6%9D%91%E6%98%8C%E5%B9%B3/dp/B000XE565C/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1331212839&sr=1-1

タルコフスキーと武満徹と、そして幾多の火と水を潜った今に至る人類の歴史が連綿と繋がります。

映画は自信に溢れた「永劫回帰」です。失ったあの娘の笑顔と流してくれた涙に、いつでも何回でも再会できるのです。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
これまた興味深いCDを!!
ありがとうございます。

>映画は自信に溢れた「永劫回帰」です。失ったあの娘の笑顔と流してくれた涙に、いつでも何回でも再会できるのです。

!!!

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