「ワルトシュタイン」コーダのオクターブ・グリッサンド

先日の会食で、ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」ソナタの終楽章コーダのいわゆるオクターブ・グリッサンドの超絶技巧の話になった。とにかく一流と言われるピアニストでもなかなかここは難所で完璧に弾きこなすのは難しいのだと。かつてアルゲリッチが来日公演だかで演奏した時にはそれこそパーフェクトなグリッサンドだったらしいが、残念ながら彼女はこのソナタ(このソナタどころかベートーヴェンをひとつも録音していない。これは一大事でないのか?!笑)をレコーディングしていないので確認不可能。これまでも何人かのピアニストの実演を聴いている(ポリーニも聴いた、ハイドシェックも聴いた)が、件の箇所をあんまり意識しないで聴いていたのでどうだったのか全く記憶にない。

で、気になって楽譜を見てみるとグリッサンドという指定は特にない。このあたり、ネットで調べると、ピアニストによって解釈は様々で、グリッサンドで弾く人もいればオクターブの音階をきちんと弾く人もいるらしい。ただし、指定のテンポ(”Prestissimo”)や指使い(1,5でオクターブを握って右手下降、そして左手上昇)から考えるときちんと弾くためにはグリッサンドでやるのがより適切だとのこと。なるほど。

レコードではどうなんだろう?
このソナタの音源をそんなに数多く所有しているわけではないのだが、手持ちのいくつかで比較してみようと順番に聴いてみたところ・・・。
バックハウスハイドシェックもグリッサンドではなさそう(僕の耳ではそう聴こえる)。
一方、ポリーニは、完璧にグリッサンドで弾き切っている模様。

ともかくベートーヴェンの時代のピアノでは、鍵盤が柔らかくて高度なテクニックが必要なのは確かだが現代ピアノにおけるそれほどではなかったらしい。今のピアノはよりメカニックになって出来が良くなっていると同時に鍵盤も返りが相当に重いそう。

ということで今宵。
20年以上前に購入し、その時も1度か2度か聴いたくらいで、ほとんど棚の奥底に眠っていたポリーニの録音に痺れてしまった。どうやらポリーニについても一部の評論家の心ない(?笑)言説をまともに受け取って、きちんと自分の耳で確かめるということをやってなかったらしい。じっくり音源に対峙し、本気で音を追ったら、何だかとても感激した。特にこの「ワルトシュタイン」ソナタのキラキラした音が脳みそを直撃し、「告別」ソナタの無機質な音が逆に大切な人の不在と再会の喜びを強調する。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」
・ピアノ・ソナタ第21番ハ長調作品53「ワルトシュタイン」
・ピアノ・ソナタ第25番ト長調作品79
・ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調作品81a「告別」
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)

ちなみに、ポリーニが以前来日時にセミナーをやった時にこの部分のグリッサンドをどのように弾くのか質問した人がいるらしく、彼は一瞬「へ?」という顔をして、難なくオクターブ・グリッサンドでここを弾いてみせてくれたそう。さすが。
ここのところのポリーニの実演はおろか録音ですら聴いてこなかった。今夜も音楽祭の準備である音楽プロデューサーととある音楽ジャーナリストの方と会食をしたが、いろんな話題の中でポリーニの話にもなった。一時よりはだいぶ持ち直したらしいが、ポリーニですら客席をいっぱいにすることはいまや難しい時代なのだと。クラシック音楽界が先細りしてゆく中、裾野を少しでも拡げようと微々たる力ながら力添えをしようとがんばる所存だが、さてどうすれば・・・?


7 Comments

雅之

おはようございます。
確か私の記憶では、清水和音が「ワルトシュタイン」のオクターブ・グリッサンドにこだわって完璧に弾いていたと思います。昔、オーディオ評論家 高城重躬氏がレコ芸の連載で紹介していたのを読んで、彼のCDを買って聴いたことがあります。

>本気で音を追ったら、何だかとても感激した。
名演は、理解ある聴き手がいて初めて名演になれる、ということですね。
名刀は、よい使い手や理解者がいて初めて名刀になれる、です。

>ポリーニですら客席をいっぱいにすることはいまや難しい時代なのだと。
鴨ネギたちの足元を見る商法に乗った高価な舶来ブランドを有り難がる馬鹿馬鹿しさに、多くの人が気付いてきたということでしょうね。

「お仕事、お仕事」という感もある外来一流演奏家を一回聴きに行くお金で、実力のある国内演奏家やアマチュアのコンサートを何回も聴きに行くほうが、余程発見が多く意味があることに多数の音楽ファンが気付き、価値観が大きく変化すれば、結果、各音楽ホールの稼働率も上昇していくはずです。そして、そのよい循環が出来れば、聴衆の外来一流演奏家への理解度もより深まるはずです(無闇に有り難がるからの脱却)。そうなれば外来一流演奏家もまた、「お仕事、お仕事」ではいられなくなります。

「裾野を少しでも拡げる」には、結局その方向性しかないのではないでしょうか。
たとえばダスビは、それをよく指し示しているように思います。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
なるほど。
清水和音ですか。彼が若い頃の演奏は当時よく聴いておりましたが、最近はほとんどまともに聴いたことがないのであらためて聴いてみたくなりました。

>鴨ネギたちの足元を見る商法に乗った高価な舶来ブランドを有り難がる馬鹿馬鹿しさに、多くの人が気付いてきたということでしょうね。

まぁ、そういうことなんでしょうね。現実問題3万円近いお金を払ってまで聴く価値があるかといえば「?」です。

>たとえばダスビは、それをよく指し示しているように思います。

同感です。

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » ウェリントンの勝利またはヴィットリアの戦い

[…] ベートーヴェンはどうしてこんな作品を残したんだろうと、昔から疑問符のつく作品がいくつかある。例えば三重協奏曲。この作品、「オリーヴ山上のキリスト」や「ワルトシュタイン」ソナタ、「クロイツェル」ソナタなどとほぼ同時期に生み出されているもので、それらに比べてどうもいまひとつ精彩に欠ける。パトロンであるルドルフ大公が演奏するのを想定して書かれたピアノ・パートはテクニック面で比較的易しく書かれているそうだが、それより楽想全般に霊感が乏しいことが気になる。あえて出版する必要もなかったのではと僕などは考えてしまうが、単純に年金をいただく貴族からの要請があったから仕方なくということなのだろうか(何か他の理由がありそうだけれど、どの文献をあたってもそのあたりの詳細は見当たらない)。 それと、「戦争交響曲」と呼ばれる管弦楽作品。1813年6月、ナポレオン軍がイギリス軍に大敗を喫したのを記念し、ヨハン・ネポムク・メルツェルからの依頼により創作した音楽だけれど、こちらも何度も繰り返し聴こうとは思えないもの。しかしながら、交響曲第7番と同時に初演された当時は熱狂的に迎えられたらしく、年を越して何度も再演され、一向に人気は衰えなかったそうだからわからないものだ。 […]

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グリッサンド

youtubeにポリーニがグリッサンドをひく動画があります。ポリーニ グリッサンドで検索してください。

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グリッサンド

そうです、この動画です。NHKもいい角度で撮ってくれました。この箇所のオクターブの下降、上昇はたしかにglissandoとは楽譜には書かれていませんが、ppかつスラーがついており、ポリーニのこのグリッサンドなら楽譜通りでもあり完璧です。立ったままでちょっと弾いてみました、であの演奏ですから。ポリーニ56歳のときの、サントリーホール、小ホールでのひとこまです。実はあの会場でポリーニにお願いしたのは、、わたしです。たまたま、youtubeでNHKホールでのポリーニの熱情の動画を見つけて、ポリーニの最盛期の凄まじい演奏に改めてびっくりし、ネットサーフィンをしていてあの動画を見つけました。あのひとこまが結構な数のwebサイトで話題になっていたこともしりました。

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岡本 浩和

>グリッサンド様
なるほど、そういうことだったんですね。
2年以上前の記事にコメントをくださったことに少々驚いたのですが、わざわざありがとうございます。
それにしてもポリーニ、すごいです。
NHKホールでの「熱情」も観ましたが、最盛期の演奏は本当に凄まじいですね。

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