能楽とヴェリズモ・オペラ

能楽師小鼓方の森澤勇司さんとお話をしていてもう少し「能」について勉強してみようかと思った。かつて大倉正之助さんや宇高通成さんのご縁から何度か能楽の舞台に触れたことがある。ゆったりとした時間の流れと、高尚なという言い方とは程遠い幽玄な深遠さばかりが焼き付いて、肝心の舞台の内容についてはほとんど理解できなかったし、その後公演にはご無沙汰しているところから考えても、心を揺さぶられるほどの感動をしなかったといって間違いない。

森澤さん曰く、能楽の科白はすべて古語で、しかも観客がそのことについて「知っている」という前提で舞台が進行するところに難しさがあるのだと。つまり、そこで語られる「こと」を知っていればとても興味を持てるだろうし、何より演目自体に接することが非常に面白くなるのだと。どういうことか?わかりやすい喩えを出して説明していただいた。例えば、「『もし・・・』という書籍があって」と問いかけられたら、今だと普通は「あ、『もしドラ』のことだな」と推測できる。でも「もしドラ」を知らなかったら?その知識なくして能楽は理解できないだろうと。なるほど。西洋クラシック音楽も同じ。知的好奇心をくすぐるのは、作曲家の生い立ちや歴史的背景、さらには演奏家の解釈にまつわる薀蓄であったり・・・。芸術というのは、単に「感じれば」いいのではなく、しっかりとした知識的土台があって初めて楽しめるものなのだということを再確認した(能楽も基本的構造を知ることであっという間に身近なものになるそう)。

昔と違って現代は便利だ。能楽の場合は音盤で視聴を繰り返して学習するというのはちょっと難しいように思うが、音楽の場合は巷にあふれるCDを何度も聴くことでその楽曲を知悉することができる。ましてやインターネットを駆使すれば、その音楽にまつわる知識だってすぐさま手に入る。「全脳」を鍛えるにはクラシック音楽はもってこいということ・・・。

レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」
カルロ・ベルゴンツィ(テノール)
ジョーン・カーライル(ソプラノ)
ジュゼッペ・タッディ(バリトン)
ウーゴ・ベネッリ(テノール)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団

能楽があの世とこの世を往復するスピリチュアル・ドラマだとするなら、「道化師」や「カヴァレリア・ルスティカーナ」などに代表されるヴェリズモ・オペラは人間臭い、真に人間的な生々しい寸劇。そんな舞台ならばカラヤンが不得意なわけがない。珍しく(?)スカラ座を振ったこの音盤は、全盛期の(?)カラヤンの「人間的熱さ」がストレートに表される。こんなにわかりやすい音楽、理解しやすい台本はなかなかない。ラテン的な単純さの中に愛憎ひしめく人間模様・・・。

いや、芸術の面白さよ。明るい暗いに関係なく「全脳」が刺激される。ちなみに、「道化師」がミラノで初演された1892年には、遠くハンブルクにてマーラーが作曲者臨席のもとチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」をドイツ初演、さらに数ヶ月後にはブルックナーの「テ・デウム」も演奏している。何と興味深い時代か・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

ご紹介のカラヤン美学に裏打ちされた「道化師」も、同時期の「カヴァレリア・ルスティカーナ」と並んで、大好きな録音です。ただ、「道化師」は、第1幕最後の「衣装をつけろ」と、第2幕最後の「もう道化師じゃない」のテノールだけが命のオペラですね。

レオンカヴァッロ( 1857年3月8日 – 1919年8月9日)はこの「道化師」が突出して有名ですが、 ルチアーノ・パバロッティの愛唱曲でもあった「Mattinata 朝の歌」も代表作ですよね。
http://www.youtube.com/watch?v=8wLE3ncCXH8

・・・・・・本作は、グラモフォン社(現HMV)の求めに応じて書かれ、1904年4月8日にエンリコ・カルーソーの独唱、作曲者自身のピアノ伴奏により最初の録音が行われた。同録音により広く親しまれ、以来、テノール歌手のレパートリーの一つとして盛んに演奏される。・・・・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BF_(%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%AD)

1904年はマーラー:交響曲第5番の初演の年、翌年1905年は、アインシュタインが博士号を取得すべく「特殊相対性理論」に関連する論文を書き上げました。

>音楽の場合は巷にあふれるCDを何度も聴くことでその楽曲を知悉することができる。ましてやインターネットを駆使すれば、その音楽にまつわる知識だってすぐさま手に入る。

エジソンは、1877年に錫箔を巻いた円筒式レコードを発明し、1889年頃にはエミール・ベルリナーによって円盤式レコードへと改良されました。

円筒式レコード⇒SP⇒LP⇒CD そして自家用ジェット機を操縦することもできたカラヤンの、録音技術と音楽産業への功績。

クラシック音楽の歴史は、特に産業革命前後から、好むと好まざるとにかかわらず、科学技術の発達と密接にリンクせざるをえなくなります。両方の歴史を対比して俯瞰するとじつに面白いです。そしてそれは、現在も進行中ですね。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
「朝の歌」も名曲ですよね。
つい先年までイタリア・オペラを苦手としていた僕は「道化師」などもほとんど真面目に聴いてこなかったのですが、いいですよね。

>クラシック音楽の歴史は、特に産業革命前後から、好むと好まざるとにかかわらず、科学技術の発達と密接にリンクせざるをえなくなります。両方の歴史を対比して俯瞰するとじつに面白いです。

おっしゃるとおりですね。発展なのか退化なのかそのあたりは何ともいえないですがね(笑)。

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