
再び採り上げる。
かつて礒山雅さんは次のように書いた。
リヒターの時代が、刻々と去ってゆく。かつてリヒターのバッハに驚き、感激し、燃焼したファンは私ばかりではないはずだが、時の流れの速さは、そうした生々しい体験を、なつかしい思い出とするところまで来てしまった。今では、古楽器をとる演奏家たちを中心に、ポスト・リヒターの流れも、ますます活発である。そんな今、リヒターの遺したバッハ演奏が、どこまでアクチュアリティをもちうるのか。それは、ほかならぬ私自身が、自分に問いかけていたことである。そこに、1961年録音の《ミサ曲ロ短調》が、CD化された。改まった音で、ひさしぶりにこの録音を聴き直した私は、やはりバッハの真髄はリヒターにあるとの感慨を、新たにした。
礒山雅「全身全霊のバッハ表現」
~F60A 20036/7ライナーノーツ
唯一無二のバッハ。この言葉自体が衝撃だ。
国内盤が2枚組で6千円もした時代。
未だ消費税が導入される前のこと。かれこれ40年近くが経過するが、礒山さんの言う「リヒターのバッハの真髄」は今もって真正だ。
これほど厳しく、そして敬虔深い音楽、演奏が他にあろうか。
近代オーケストラの、あまりに重厚な演奏とは違い、もちろんピリオド解釈とも異なるカール・リヒターならではの永遠のバッハ。1960年代に多くの人たちに衝撃を与えたバッハ演奏は不滅だ。
バッハのミサ曲ロ短調とベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》の研究は、イゾリーノの平穏な美しさと組み合わさって1933年夏のトスカニーニの思考と気分に小康をもたらした。「(バッハの)キリエが呼び起こす深い感情は、私がそれを初めて聴いた時に感じたものに匹敵し、勝った」と、彼は友人に書き送った。「キリエ、クイトーリス、インカルナートゥス及びクルチフィークススは、人間の精神がかつて考え付き認識した最も神聖なものに属する。ベートーヴェンは、ミサ曲ニ長調(《ミサ・ソレムニス》)の同じ韻文で大きく遅れを取っている。(略)バッハのキリエに於いてよりも、神に対し深く必死な人間の叫びが上げられたことは無い!」彼は、来たるフィルハーモニックのシーズン中にバッハのミサ曲からキリエとベートーヴェンのミサ曲全曲を生涯で初めて指揮することになった。
~ハーヴィー・サックス/神澤俊介訳「トスカニーニ 良心の音楽家(下)」(アルファベータブックス)P101
トスカニーニにバッハのロ短調ミサの録音が残されていないのは痛恨事。
ミサ・ソレムニスの名演奏を知るにつけ残念でならない。
トスカニーニにとって、ベートーヴェンもバッハも偉大なる、あまりに重過ぎる課題であったのだろう。研究を避け、ショパンに走ったのだから。
しかし、結局彼は「ベートーヴェンとバッハを休ませ」て、「ショパンの練習曲、ノクターン、マズルカ、ワルツにどっぷりと浸かって」おり、「—そして、私は或るマズルカ(イ短調、作品17-4)で頭が一杯だ。それの悲哀は私のものと一致している。途中で、一片の後悔に暗くされた一片の喜びがあり、それから計り知れない悲哀が戻ってくる!」などなど、何週にも亘って研究するにつれて、鍵盤に向かう時もあればそれから離れる時もあった。
~同上書P101-102
トスカニーニのいうバッハの素晴らしさに同意するも、実際のところはベートーヴェンもバッハも、あるいはショパンも、個人的には甲乙つけ難い。
(ベートーヴェンとバッハを休ませて、よりによってショパンのマズルカ作品17-4に同期するトスカニーニに僕はむしろ感動する)
僕は、トスカニーニの演奏を空想しつつカール・リヒターを聴いた。
まったく代わりにならないと思うのだが、トスカニーニのベートーヴェンにある厳しさを鑑み、それに準ずる感動を喚起できるのはリヒターしかないと思ったからだ。
(様式や形の上での方向性はまったく違うのだけれど)
かつてトスカニーニが絶賛した合唱の場面を聞いてみるが良い。
「キリエ」は確かにベートーヴェンを凌駕するのか?
(否、バッハとベートーヴェンのミサ曲を並列で語ること自体がナンセンスだ)
(僕個人としては甲乙つけることができない)
いやはや、インカルナートゥスからクルチフィークススにかけては言語を絶する神の領域なり。
40年前、モーリス・ベジャールの「我々のファウスト」に衝撃を受けた僕は、そこに使用されていた音楽にも心奪われた。それがバッハのロ短調ミサ曲だった。
(20代前半の僕にはとても難しい音楽だったが、年齢を重ねるごとに作品の素晴らしさが腑に落ち、心に染み入るようになっていく。それはベートーヴェンのミサ・ソレムニスについてもだ)
バッハの音楽の天分は、その死後2世紀以上経っても驚異として立ちはだかっている。だがこの音楽家は、自分が凌駕する者のない天分の故に選び抜かれたとは信じなかった。ある学生にはこう語っている。「少し念を入れて練習するんだ。そうすればできるようになる。私と同じく両手に5本、健康な指がついているだろう」。
その天分の秘密を問われても、こう答えるに止めた。「私は働くようにできているんです。私と同じくこつこつやれば、同じようにうまくいきますよ」。音楽の世界で、バッハの勤勉さに匹敵する者がいたかどうかは疑わしい。彼の作品はおびただしい数に上るが、その総譜がついにまとめて出版された時、バッハ協会はその作業に50年という歳月を要し、出版された全集は46巻に及んだ。
ところがどの作曲活動も、他に多くの仕事をこなしながら行なわれた。オルガン奏者として、また指揮者、音楽監督、個人教師、あるいは少年たちのラテン語教師をしながらである。加えて、大家族を養い、勤め先も次々と変わった。バッハの音楽の持つ、聴く者を鼓舞する力と美はあまりにも明らかだが、その作曲家としての生涯で本当に不思議なのは、あのすべての曲を書き上げるだけでも大変なのに、時代を超えて愛されている多くの傑作を産み出す時間を、現実に、どうやって見つけたのかということだ。
~パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P24-25
時間は有限だが、平等に与えられている。
志ある利他行こそ時間を捻出する源なのだろうと思う。
カール・リヒターのミサ曲ロ短調を聴き終え、あらためて心から感動した。
(中でも、サンクトゥスからアニュス・デイに至る神々しさと安寧は他では到底聴くことのできない人類の至宝)
もう一度キリエから聴きたいと思った。
すべてを生かそう。

