Keith Jarrett Vienna Concert (1992)

ジャズの即興演奏を、中でもピアノ・ソロの即興を標準化したのはキース・ジャレットその人だ。「ケルン・コンサート」を筆頭に、世界各地で演奏された即興は、どれを聴いても素晴らしい。

Keith Jarrett “The Köln Concert” (1975.1.24Live)

特に興味深いのは、その土地の空気や匂いまでもが彼の奏でる音楽に刻印されていることだ。

しかし、ピアニストのビル・エヴァンスのことも頭に浮かんでくる。彼が制作に手を貸したマイルス・デイヴィスの伝説のアルバム『カインド・オブ・ブルー』のライナーノーツに彼が書き記したこと。エヴァンスは、このアルバムの即興演奏スタイルを水墨画に例えたのだ。水墨画は、もともと中国で生まれたモノクロームの画で、14世紀に仏教の僧が日本にもたらした技法である。禅の芸術のひとつと考えられており、即興性が不可欠な前提条件となっている。特別な筆と墨汁を使い、極薄の羊皮紙や楮紙に描くときには、不自然な動きや筆を途中で止めたり、紙に穴を開けたりして線が乱れることがあってはならない。あとに何かを取り消したり、変更を加えたりすることも許されない。アーティストは特定の訓練を積む必要があり、そうすることで思考が邪魔をすることなく、「手が直接的にアイディアを表現する」ことができるようになる。ジャレットの芸術的信条は、この文章に表れているように感じられる。
ヴォルフガング・サンドナー/稲岡邦彌訳「キース・ジャレットの真実 ジャズピアノの歴史を変えた即興演奏とその人生」(DU BOOKS)P287

マイルス23回目の命日に”Kind Of Blue”を聴いて思ふ マイルス23回目の命日に”Kind Of Blue”を聴いて思ふ

ビル・エヴァンスとキース・ジャレットをつなぐもの。
それは、おそらくマイルス・デイヴィスから学び得た「何か」だろう。
緊張感の中で、事前の打ち合わせなく繰り広げられるインタープレイこそ、プレイヤーの感覚と技術を育てるのだろう。何より音楽創造の礎となるキーボーディストに求められるレヴェルは異様に高いものだっただろうと想像されるからだ。

ジャレットは「バッハを録音したばかりだ」と言った。バッハは生涯を通じて彼を導いてくれた存在である。自然の模倣が効果的だった時代の音楽だ。ベートーヴェンのような「感情の表現」ではなく、絵画のようなものだ。
~同上書P287-288

なるほど、ジャレットの即興は自然の描写であり、自然の模倣だ。
いかにも特徴的なオスティナートは、いや、執拗な反復ですら違和感なく自然体だといえる、あの即興の妙技を誰もが聴きたいのだと思う。

・Keith Jarrett:Vienna Concert (1992)

Personnel
Keith Jarrett (piano) (1991.7.13Live)

ウィーン国立歌劇場でのライヴは一期一会。
「ケルン・コンサート」を評価しないキース本人が、(リリース当時)最も理想的とした作品。

40分超のパート1が見事。
楽想の変化、それによるテンポの変遷。もちろん明朗な音調から暗澹たる音楽まで、表現は多岐に亘る。クラシック音楽を、中でもバッハの音楽を丁寧に研究した成果なのか、バッハの堅牢な枠を破壊せず、あくまでその枠の中でジャズ的飛翔を生み出す「幻想」は、キースならではの真骨頂。

キース・ジャレット、そしてムノツィル・ブラス キース・ジャレット、そしてムノツィル・ブラス

デイヴィッド・エイクが述べているように、キース・ジャレットのソロ・ピアノによるインプロヴィゼーションはスタイルの特徴と創造的なアイディアをピアノ・テクニックで融合した連続体である
~同上書P191

「連続体」という言葉に膝を打つ。
そして、パート2の、より一層リズムを際立たせた、愉悦を表明し、疾走感を露わにする即興に感激するのだ。

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